6-4 蠢く闇
「……話を戻そうか」
と、正芳は気を取り直すように緩く首を振って言った。未咲は頷いて先を
「御神木が枯れ、怪異が少なくなったことと関係があるか、だったか。……御神木は、澄子さんが自分の世界へ戻られた後に枯れてしまったのだ。そして、それまで起こっていた怪異はぴたりと鳴りを
「――」
「澄子さんを狙っていたのではないかと」
ざわり。
空気が揺らいだ。
未咲はびくりと肩を震わせる。先ほど闇が
「当時起きた怪異はすべて“あれ”が引き起こし、澄子さんを……」
「待って」
未咲は強く制した。
声が震える。
身体が総毛立つ。
地底からじわじわとドス黒い闇が侵食してくる感覚。
足元から、手の指先から、頭から、背中から、闇に、毒される。
身体の底から這い上がってくる恐怖に耐えながら、正芳と目を合わせる。正芳の喉仏が上下した。
誰かに見張られている。ねっとりと
不快だ。
未咲はぐっと顔を
用があるなら真っ向からやってくれば良いのに。
――この身の程知らずが。
胸元の辺りにひやりと湿った空気が触れた。
「わたしは許可していない。出ていけ」
今喋ったのは、誰だったか。
何処か
まるで静かな夜の海を感じさせる落ち着いた声。
けれども、歯向かう者には容赦しないと確固たる意思が秘められている声だった。
未咲と正芳を追い詰めていた闇がパッと雲散した。
正芳が詰めていた息を吐き出す。それから困惑した表情で口を開いた。
「未咲、今のは……」
「……え?」
未咲は今気づいたと言わんばかりにきょとんと
「今、何をしたのだ」
と、正芳に訊かれ、未咲は眉尻を下げて顔に戸惑いを浮かべる。
「何をしたって……何ですか?」
「言っただろう。『わたしは許可していない。出ていけ』と」
「え、わたしがですか?」
思い返してみても、そんなことを覚えはなかった。直感的に身の危険を察知して、正芳を止めて、それから……それから?
「ご、ごめんなさい。身に覚えがなくて」
「――」
正芳は言葉を失った。
正芳に信じられないといった表情で見つめられ、未咲は気まずげに目を
そういえば、胸に不快感が込み上げた直後、胸元辺りに冷気が触れた気がした。
未咲はそっと胸元に触れる。しかし、そこには何もなくて、今は何ともないし、やはり気のせいかと息を吐いた。
「未咲、大丈夫かね」
「あ……はい。よくわからないけど」
得体の知れない恐怖も、不快感も消えた。今はただ夜の静けさだけがそこにある。
「すみません……どうしたんだろう、わたし」
「いや、良いのだ。だが、やはり、未咲が無関係とは思えんな」
「えっと、それは」
「昔澄子さんがやってきたのも、澄子さんが去り、御神木が枯れたのも、こうして澄子さんの孫である未咲がこの村に来たことも」
正芳は床板を見つめながら言葉を
「御神木が蘇ったことも、未咲が夢を見たのも……先程の件もだ。すべて、繋がっているのだろうなあ」
正芳は顔を上げて複雑そうに微笑を浮かべた。
「すまないね」
「どうして、謝るんですか?」
突然の謝罪に、未咲は聞き返した。正芳の話を思い返してみても、彼が謝るようなことは何もない。
「儂が未咲にしてやれることは、何もないかもしれん。“あれ”に立ち向かう力も、儂にはないだろうしなあ……」
正芳は悲しげに、そして悔しそうな顔をして言った。
「そんな……確かに怖いけど、正芳さんが謝ることじゃ」
「孫が出来たようで、可愛くて仕方なくてなあ」
未咲はどきりとした。孫、と小さく
「ああ、すまんな。未咲からするとこの村に来たことは不本意だろうが、子どもの居ない儂らからすると嬉しいものでな。何とか守って、穏やかに暮らしてほしいのだが」
「正芳さん……」
目の奥が熱くなった。そんな風に自分のことを考えてくれているなんて、本当に幸せなことだと未咲は喜びを噛み締めた。
確かに、「鬼」だなんて、それが自分を狙うかもしれないなんて、怖くて仕方がないけれど。正芳や文子に出会えて、こうして大切にしてもらえることの、何と嬉しいことか。
「ありがとうございます。わたしも、この村でおじいちゃんやおばあちゃんが出来て嬉しい」
そう返しながら、思う。
もしも、本当に鬼が未咲を狙っているとして。それは一体、何故なのだろうか。
そして、鬼が
怪異からこの村を守っている雅久は、一人で恐ろしい鬼と戦うのか。
だとすれば、やはり。
知らなければいけない。
怪異は祖母である澄子がこの世界を去ってから止んだ。しかし、未咲が現れたことで再び怪異が起こるとすれば。
わたしが、戦わなければいけないのかもしれない。
未咲はごくりと
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