第6話 鬼の気配

6-1 恋煩い?

 未咲は溜息を吐いた。自分は陰気臭い空気をまとっているというのに、空は連日晴れ晴れとしている。それが少し恨めしいと感じるほど、未咲は思い悩んでいた。


「未咲、あんた最近可笑しいよ」

「へ?」


 未咲は間の抜けた声を出した。声を掛けてきた寧々に顔を向けると、彼女は呆れたように鼻で息を吐いた。初めて話してから日数を重ねるに連れ、寧々は未咲を親しみを込めて呼び捨てし、あけすけな物言いをするようになっている。


「溜息が多い。辛気臭いねえ」

「あ……ごめんなさい」


 心配掛けてしまったことが申し訳なくて、未咲はしょんぼりと謝った。

 未咲と寧々は畑仕事が一段落して、寧々の家の庭で休憩を取っていた。二人で縁側に腰を掛け緑茶をすすりながら談笑してた筈が、途中から未咲が一人思い耽ってしまったのだ。


「別に良いけどさ。心配するだろ?」


 寧々は微笑んで言った。その表情が「仕方のない子だ」と年下の子どもに向けるような慈愛に満ちたものだったので、未咲は気恥ずかしくなり目を伏せた。


「ふーん」

「え、な、何ですか?」


 寧々が訳知り顔でにやりと笑い、未咲は狼狽うろたえた。


「もしかして、恋わずらいかい?」

「……ええ!?」


 一瞬何を言われたのかわからず、未咲は間を空けて驚きの声を上げた。頬がボッと赤く染まる。


「誰? 蓮太郎れんたろうさん……は、ちょっと年上すぎるか。じゃあ、宗一郎そういちろうさんとか? あんたと年も近いしさ、この前楽しそうに話してただろ?」


「ね、寧々さん、ちょっと待って……!」


 次々と村の男性の名前を挙げる寧々を、未咲は慌てて制止した。寧々はからからと笑う。


「恥ずかしがらなくても良いじゃないか。あたしとあんたの仲なんだから。……で?」

「もうっ」

「ははは! 悪いね。村じゃなかなかこういう話をする相手も居なかったもんだからさ、ついからかっちまったよ」


 顔が熱い。未咲は火照ほてった頬を両手で押さえた。けれども、寧々の明るさのお陰で、陰鬱いんうつとした心は晴れていき、爽やかな風が入り込んできた。


「で? 誰なのさ」

「こ、恋煩い前提で進めるの止めてくれます……?」

「え、違うの?」

「違いますっ」


 未咲は唇を尖らせて否定した。雅久とはそんなんじゃない。そんなんじゃないんだから。

 何だか、慌てて否定する自分が確かに恋する乙女の姿にも思えて、未咲はぶんぶんと頭を振った。隣で寧々が苦笑する。


「悪かったって」


 未咲はぶすっとした表情をしながら考える。雅久とは寧々が思うようなことは何も無い……筈だけど、じゃあ、雅久とわたしの関係って、一体何なんだろう。

 恋じゃない、恋じゃない、と唱えながら、雅久にすがり付いてしまったことを思い出し、また顔が熱くなった。思えば、なんてことをしてしまったのだろう。顔から火が出そうだった。


「わたしの方が年上なのに……」


 ぽつりと呟くと、寧々がきょとんとした。


「年下の男なの? あんたが好……ああごめん、睨まない睨まない。あんたを悩ませてる奴は」


 どうにも敏感に反応してしまう未咲を見て、寧々はにやにやと笑いながら訊く。


「ふーん。年下の男ねえ……そんな奴居たっけ?」


 村の男たちは大体成人を迎えていて、未咲より年下と言うと年齢が一桁の少年や赤ん坊である。寧々は首を傾げた。

 未咲は思ったことを声に出していたことに気付き、慌てて喋り出した。


「あ、えっと、村の人ではなくて」

「てことは、行商人とか、旅の人? 最近、そんな奴らが来ていたっけ」

「いえ、外れに住んでる雅久という男の子なんですけど」


 と言っても、雅久の住んでいる場所なんて知らないけれど。と、未咲は内心独りちる。


「へえ……そんな子居たんだ」

「え?」


 まるで初めて聞いたという寧々の反応に、未咲は思わず聞き返した。

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