5-2 悪夢

「いやあああ!!」


 未咲は甲高い悲鳴を上げて飛び起きた。心臓はドッドッと速く大きく鳴り、全身は汗がにじんでベッタリとした感触が気持ち悪い。視界がぼやけていて、震える指で恐る恐る目元に触れると涙に濡れた。

 はあはあと呼吸を繰り返していると、バタバタと足音が聴こえてきて、勢いよくふすまが開かれた。


「未咲ちゃん、どうしたの!?」


 襖を開けたのは文子だった。焦りを滲ませた表情で未咲の傍に寄って両膝をついた。

 文子は手持ち行燈あんどんなどの明かりは持っていない。未咲の右側にある障子を通して差し込む太陽の光が、部屋の中を照らしているからだ。

 そうして初めて、未咲は月のない夜が明けたのだと知った。


「……ゆ、めを」

「夢?」

「夢を、見たんです……とても、怖い、夢」


 熱に浮かされたように、未咲は言った。文子を見ているようで、見ていなかった。先程まで見ていた夢を思い出して……否、あれは、夢なんかじゃない。夢よりもリアルで、巻き起こった強い風も、ずるずると何かを引き摺る音も、誰かの声も、耳を撫でた吐息の感触も、すべてがリアルで、だけれど夢のように非現実的な出来事だった。


「もう大丈夫よ」


 文子は未咲をそっと抱き締めた。ぽんぽん、と背中を軽く叩いて宥める。そのぬくもりに、未咲は強ばっていた身体の力を抜いた。


「未咲、大丈夫かね」


 文子と同じく未咲を心配したのだろう、正芳が部屋に入って尋ねた。


「はい……すみません」

「気にしないでくれ。それより、朔の日だと言うのに一人にしてしまってすまなかった。配慮が足りなかったな」


 正芳は後悔するように苦々しい表情を浮かべた。未咲は文子の腕から抜け出し、力なく首を振る。


「本当に、怖い夢を見ただけで……多分、怪異が起こるって、身構えちゃったから」


 心配かけてごめんなさい、と未咲は弱々しく笑みを浮かべた。正芳と文子は心配そうな表情のまま顔を見合わせる。


「あの、今日は、御神木の所に行っていいですか。家事の手伝い出来なくて、申し訳ないですけど……」

「それは良いけれど、一人で大丈夫なの?」

「……はい」


 未咲は掛け布団をぎゅっと握った。本当は、怖い目に遭った御神木の場所には行きたくない。またあんな目に遭ったらと思うと、怖くてたまらないから。だけど、それでも、会いたい人が居る。


 雅久は無事だろうか。家で眠っていただけの自分があれだけ怖い思いをしたのだ。村を守るためにと、朔の日が明けるまで村の警護をしていた雅久は、さらに恐ろしいものと対峙たいじしたのではないか。そう思うとじっとしていられない。会って、無事を確認したい。


「未咲、落ち着いたらでいい。儂にどんな夢を見たのか教えてくれないかね」

「え……?」

「その夢が朔の日の影響かもしれない。つまり、怪異によるものだということだ」


 正芳は苦しそうな表情で言った。


「村長として、村で起こっていることは把握したいのだ。……すまないね」

「そんな、謝ってもらうようなことじゃありません。あとで、ちゃんとお話します」

「ありがとう」


 未咲は話している間に震えが止まったことに気づき、ほっと息を吐いた。

 文子が立ち上がり、障子を開いた。太陽の光が強くなり、部屋の中が明るく照らされる。空には雲ひとつなくて、綺麗な薄水色が広がっていた。

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