第5話 呼び声
5-1 月のない夜
未咲は文子の家事の手伝いをしたり、寧々と畑仕事に
雅久とはたわいもない話をした。手伝いをしている時のことや、元の世界ではどんな暮らしをしていたのか等、未咲はゆっくりと言葉を選びながら話した。
未咲が通っていた大学の友人たちは、未咲の話すペースがゆったりしていて「のんびり屋さん」だと
その時間がとても、心地良かった。
未咲は布団の中で思いを
世界は朔の日を迎えていた。今夜は月が姿を隠している。
もし明日、雅久に会えたとして。雅久が怪我をしていたら、自分は冷静で居られるだろうか。
ごろりと寝返りを打って、ぎゅっと固く目を瞑った。世界は闇に包まれていて、一人で居る雅久を照らしてはくれない。それが、今この部屋で一人で居ることよりも余程恐ろしい。
雅久は
今日だって、日が沈むまでは問題ないと正芳に確認してから御神木の場所まで行って雅久と話した。けれど、雅久は未咲が外を出歩いていることに苦言を呈しはしたが、いつも通り大人顔負けの落ち着きを払っていた。怖くないのか未咲が尋ねてみても、「さあな」と適当にはぐらかすだけであった。
きっと、怖いと思っていたところで、それでも雅久は刀を放り出しはしない。未咲は悲しいほどにそう確信していた。
雅久はいつでも
どうして雅久はそうなのだろう。そして、村の人たちは雅久のことをどう思っているのだろう。
考えていても答えは見つからない。未咲は溜息を吐いた。
朝になったら、会えないかもしれないけれど、御神木のところで雅久を待とう。
そう決めて、未咲は眠気に誘われるまま
◆ ◆ ◆ ◆
「……え?」
未咲は呆然とした。自分は確かに布団の中で眠りについた筈なのに。
何故、裸足のままで山の真っ只中に立っているのだろう。
ひゅうぅぅ……と冷たい風吹き、寒さに身体を両手で抱きしめる。
ひら、ひら、と視界に赤みがかかった白い影が舞い降りて、未咲はハッと振り返った。
「どうして」
ほとんど言葉にならず、息だけが漏れた。御神木が視界に映っている。心臓がドッ、ドッ、ドッ、と嫌に騒ぎ始めた。
未咲は御神木の傍に歩み寄った。突然のありえない事態に、足が震えている。足元がふわふわと覚束なくて、気を抜いたら転んでしまいそうだ。
御神木の幹に両手をついた。ひんやりとしていて泣きそうになる。背後に潜む漆黒が今にも襲ってきそうで気が気でない。御神木の傍はいつだって安心出来るものだったのに、今は暗闇に支配されていて焦燥感ばかりが未咲を駆り立てていた。
……ずる……ずずっ……ずる……。
何かを引き摺っているような音がして、未咲はバッと振り返った。目の前には底知れぬ闇が広がるばかりで何も見えない。ハッ、ハッ、と呼吸が浅くなる。眼前の闇から目を逸らさないまま後ずさると、背中に御神木の幹が当たってびくりとした。
……ずる……ずる……。
音が近づいてくる。その音の大きさから、引き摺っているものもまた大きな何かであると予感させる。けれど、その正体は得体が知れない。
未咲は恐怖に震える身体に
――……何処に…………こちらへ……で……。
「っ!」
思わず声が出そうになり、両手をぎゅっと強く口に押し当て必死に堪えた。
――……おいで、おいでよう……。
ガタガタと身体の震えが大きくなる。口元を押さえる手にぽたぽたと涙が落ちていくが、未咲は自分が泣いていることを自覚出来るほど冷静ではなかった。
……ずるずる……ずる……。
びゅう! と強い風が吹いた。音がどんどん迫ってくる。
嫌だ。来ないで。お願い。お願いだから何処か行ってよ。
このまま気を失えたらどんなに良いか。未咲はただ身体を小さくして震えることしか出来ない。
はあ、と耳に何者かの吐息がかかり、ヒッと短い悲鳴を上げた。それはねっとりとして、耳の穴から得体の知れない何かが侵食してくるようでぞわりとした。
「ゆるすまじ、つくよみ」
耳元で、底冷えするような声が聞こえた。
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