4-3 渦巻く不安
翌日、未咲はまた御神木の場所へと足を運んでいた。雅久が何処に居るのかはわからないけれど、此処に居れば彼と会えるような気がしたのだ。
地面に腰を下ろして、御神木に背中を預けた。空を仰ぐと、舞い降りてくる花びらが雪のようで暖かな冬がそこにあるようだった。桜の花と枝の間からきらきらと零れる太陽の光が眩しい。
未咲は両膝を抱え、そこに顔を埋めた。目を閉じて、頭の中を整理しようとこの世界に来てから今までのことを思い返す。
御神木が枯れてしまったのは数十年前。
御神木が枯れてから怪異が少なくなった。
朔の日には怪異が起こる。
雅久は、怪異からこの村を守っている。
雅久は、一人で戦っているの?
未咲はぎゅっと膝を抱える腕の力を強めた。どうして、雅久なのだろう。だって、雅久はまだ子どもで、雅久よりも年上の男性だって、この村には居る。彼が怪異に立ち向かう必要はあるのだろうか。本当は、雅久だって大人に守ってもらう立場なのではないか。
わたしには、何も出来ないのだろうか。何か、力になれることはないのだろうか。
ひやり。胸元の辺りが冷たくなった気がして、未咲はあれ、と思い顔を上げようとした。その時、ざく、ざく、と草を踏みしめる音が近づいてきてドキリとした。ああ、彼が来た。
「また此処に居たのか」
雅久の声には呆れが含まれていた。未咲は正面に立った雅久を見上げてくしゃりと笑った。
「御神木の傍が一番落ち着くの」
「そうか」
雅久は少しの間を置いた後、未咲の左隣にどかりと腰を下ろした。未咲は一瞬ドキリとして目を伏せる。
「村での暮らしには慣れたのか」
と、雅久に尋ねられ、未咲は彼の横顔を見つめた。雅久の灰色の髪に桜が舞い降りて、軽く
未咲の答えがないことを疑問に思ったのか、雅久は未咲に顔を向けた。未咲は少々慌てて言葉を返す。
「うん。正芳さんも文子さんも色々気遣ってくれるし、寧々さんっていう年上のお姉さんとも仲良くなったの」
「……良かったな」
風が二人の頭を優しく撫でていった。
今、雅久が笑ってくれた。
狐面に隠れて見えないけれど、未咲はそう思った。
「なら、考えていたのは他のことか?」
「え……どうして?」
「
もしかして、雅久は心配してくれているのだろうか。未咲の胸がじんわりとあたたかくなっていく。
出会った当初は未咲のことを「神の御使い」だの何だのと言ったり、素っ気ない態度を取ったりしていたけれど、話せば話すほど雅久が優しい少年なのだとわかる。そして、未咲は改めて雅久がこの村を守る役目を背負っているということに、不安と心配、少しの
「朔の日のことを聞いたの。朔の日には怪異が起こるって」
「そうだな」
雅久は何てことのない様子で頷いた。
「雅久は……その日、どうしてるの?」
そう尋ねる声は微かに震えていた。
「正芳さんが、雅久はこの村を怪異から守ってるって言ってた。なら、朔の日は、雅久は……」
「お前の考えている通りだ」
「その刀は、怪異と戦うためなの!?」
未咲は思わず、雅久の方へ身を乗り出して問い詰めるように訊いてしまった。雅久は驚いて身を引き、やがて息を吐き未咲を
「問題ない。ほとんど見廻りで終わるんだ。刀を使うことはあまりないよ」
柔らかい声だった。まるで幼い子に言って聞かせているようで、未咲は恥ずかしくてその場から逃げ出したくなった。前のめりになっていた身体を元に戻して、もじもじと無意味に自分の指を撫でる。
「で、でも」
「心配するな。お前は村長の家でじっとしていればそれで良い」
「わたしのことじゃなくて」
「わかってる。……ありがとう」
「わたしに、出来ることはないのかな」
「お前は外に出るな。絶対に」
その声には確かな圧力があって、未咲は目を見開く。
「わかったな」
と、雅久は念を押して言った。未咲が言葉を発せずにいると、さらに続ける。
「これまでは朔の日を迎えても、怪異が発生した回数は少なかった。だが、今回は違うかもしれない。お前が居るからな」
「……それは、どういう」
「……御神木も
未咲は胸の前で左手を右手でぎゅっと握り締めた。雅久が言っているのは、単純に言葉の通りのことだけではないと感じる。
“お前が居るから”。御神木が蘇ったことより、そちらの方が重要なのだと思えた。けれど、その理由は読めない。
「ねえ、雅久。ここでわたしが何か聞いたとしても、きっと教えてくれないよね」
「……ああ」
雅久は静かに頷いた。未咲は眉尻を下げて微笑を浮かべる。
「お前は無事に自分の世界へ帰ることだけを考えていれば良い」
その言葉に、未咲は頷けなかった。きっと、本来であればありがとうと礼を言えば良いのだろう。未咲の願いは、雅久の言う通り元の世界に戻ることなのだから。だのに。
どうして、胸が痛むのだろう。
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