第3話 狐面の少年・雅久

3-1 蚊帳の外

 気まずい雰囲気のまま、三人は山のふもとまで戻った。空はまだ赤く染まりはしないが、太陽は西に傾きつつある。元の世界に居た頃より朝食の時間が早いこともあって、未咲は空腹を感じていた。この村では日の出とともに起きるのが普通らしい。


「大分歩いたし、腹も減っただろう。帰ったら文子に何か用意させようか」


 ぎくしゃくとした空気を変えるように、正芳が提案した。未咲はそれを有り難く受け入れ、にこりと笑った。


「ありがとうございます。実は、とてもお腹が減っていたんです」

「そうかそうか」


 正芳は笑顔で大きく頷いた。それは毒気のない笑みで、何かを隠されていようとも到底悪い人間には見えない。未咲は安堵あんどの息を吐いた。


 正芳と未咲でたわいもない話を続けているうちに山坂が終わった。村を囲む丸太柵の前まで来た所で、雅久がぴたりと足を止めた。正芳と未咲もまた、立ち止まる。


「では、俺はこれで」

「ああ。ありがとう、雅久」


 正芳が頷くのを確認した後、雅久は身をひるがえして村の入口とは別の方向へと歩いていく。未咲はその姿を目で追い首を傾げた。村の敷地は丸太柵で囲われているため、村の人は皆、丸太柵より内側で生活しているものだと思っていたのだが、雅久は違うのだろうか。


「雅久は村の外れに住んでいるのだよ」

「え?」


 どうして、と未咲が尋ねる前に、正芳は柵の内側に入るよう未咲をうながした。未咲は土で出来た段差を降り、数歩進んだ所で正芳を振り返る。


「あの、もしかして村を守ってくれてるって話と関係ありますか?」

「そうだな」


 同じく柵の内側に入った正芳は頷いた。


「でも、この柵は村を守る結界……なんですよね? その、大丈夫なんでしょうか。危ないんじゃ……」

「雅久なら大丈夫だ」


 正芳ははっきりと言った。その声と表情からは強い確信が見て取れて、何故断言出来るのかと未咲は正芳をいぶかしげに見つめる。しかしそれ以上、正芳は何も語ろうとしなかった。


 また自分は蚊帳かやの外だな、と未咲は地面を見つめた。けれど、よくよく考えれば異世界から来た自分が部外者なのは当たり前のことで、例え正芳や雅久が何かの情報を隠そうとも、村のおきてもあるかもしれないし、突然現れたわたしを信用出来ないから話さない、なんてこともあるだろう。うん、そうだ。これは当たり前の対応だ。


 未咲はよし、と一人気合を入れた。此処で一喜一憂いっきいちゆうしても仕方ない。ひとまず衣食住は正芳が提供してくれるようだし、一人村の外に放り出される心配もなさそうだ。まずはそれに感謝しよう。そして、正芳たちが知る何かを教えてくれないのなら、自分で調べれば良い。もし、本当に祖父母がこの村に来たことがあるのであれば、何処かに記録が残っているかもしれない。他の村人が何か知っている可能性もある。大丈夫、道は途絶とだえていない。


「村の者たちへは後日紹介しよう。村の暮らしに慣れるまで大変かもしれんが、何か困ったことがあれば遠慮せず教えてくれ」

「ありがとうございます」

「疲れているだろうに、立ち話を続けてしまってすまなかったな。早く家に戻ろう」


 正芳は未咲の背中を軽く押して前に進むよう促す。

 未咲は頷き、胸の内に渦巻く不安を笑顔で隠した。

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