2-2 御神木と怪異
田畑に囲まれている
こうして村の様子を眺めると、やはり昔ながらの日本というか、祖父母がいた村と何ら変わりないようにも思える。どこまでも
山の
丸太柵は土が盛られて作られた段差の下に埋め込まれていて、奇妙な造りに思えた。それに、この村自体が山脈に囲われていて孤立しているようにも見えるので、わざわざ柵を設ける必要があるのか不思議だ。
「村の結界なのだ」
「……結界?」
未咲の疑問を見透かして、正芳が言った。
「
「悪しきものって、さっき言っていた怪異のことでしょうか」
正芳は答えずに柵の間の段差を上がる。人が通れるように空いている柵と柵の間は、大人が二人並ぶと隙間が埋まりそうなほど狭い。昨夜は雅久の後ろをついて行っただけなので、大して気にも留めなかった。
「雅久」
山の麓で狐面の少年が待っていた。踏みならされた山道の入り口付近に生えている
太陽の下に姿を現した雅久の髪は白に近い灰色で、きらきらと光を
「俺も行きます」
「おお、それは心強い」
と、正芳は雅久の申し出に嬉しそうに笑った。
「えっと、ありがとう……?」
未咲は見上げるように雅久の顔色――狐面で見ることは出来ないのだが――を
「……いや」
どうやら自分は雅久に警戒されているらしい。未咲は思わず溜息が出そうになるのをぐっと呑み込んだ。
雅久が先導して歩き始める。正芳と未咲も後に続いた。さやさや……と葉が擦れる音がして、土道を照らす光が揺れる。頭上から鳥の声も聞こえ、穏やかな朝だと思った。とても正芳の言う『怪異』が起こるとは思えない、生命の力に満ちた朝。
「御神木が枯れてしまったのは、数十年前だったか」
ふと、正芳が話し始めた。
「儂も幼かった故、
と、懐かしむように目を細める。未咲は誰にともなく頷いた。あの桜は本当に綺麗で、空を舞う花びらは時に蝶のように、時に雪のようにも見えた。
「それが突然枯れてしまってなあ」
そういう正芳の声は寂しげだ。前を行く雅久は振り向くことなく進んでいく。
がさり、と
「それからか。怪異が少なくなったのは」
「え? ……わあ!」
足元の石に
「お前は
雅久が溜息交じりに言う。昨夜も何度かぼーっとして雅久に迷惑を掛けてしまったために、未咲は彼の嫌味に何の文句も返せない。
「い、いや、今のは驚いたというか……」
代わりに、なにもぼんやりしていた訳ではないのだと弁解する。
「一体何に驚いたんだ」
と、雅久が訊くので、未咲は人差し指で頬を掻いた。
「御神木が枯れてから、怪異が少なくなったってこと……かな。御神木って、そういうのから守ってくれるものだと思っていたから」
「確かになあ」
正芳が頷いた。少しの間沈黙が流れ、特に合図もなく一斉に歩みを再開させた。
それからは誰も喋らず、黙々と歩き続け、やがて御神木がそそり立っている空間へと辿り着いた。御神木がある土地は小高い山の上で、それまで所狭しと並んでいた木々が御神木を取り囲むように円形の空間を作っている。まるで御神木を守っているかのようにも見えた。
「なんと……」
正芳は感嘆した。御神木は、枯れる前の姿同様に瑞々しく、その枝には淡い桃色の花を咲かせている。枝から旅立った花びらは宙を舞い、太陽の光を纏って空を彩っていた。
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