1-5 事情説明

「それで、どうしたと言うのだ」


 刀について言及する前に村長が口を開いたため、未咲は言葉を呑み込んだ。それから隣の少年の様子を窺う。すると、少年も未咲にちらりと視線を寄越し、小さく頷いた。どうやら彼が説明をしてくれるらしい。未咲はふっと息を吐き、少年が話すのを待った。


「神の御使いと思われる者をお連れしました」

「違います!」


 咄嗟とっさに否定した。少年と向かい側に座る村長の視線が未咲に集中し、未咲は萎縮いしゅくした。しかし、神の御使い等と言われても困るため、遠慮がちに少年に言う。


「さっき神の使いじゃないですって言ったよ?」

「……では何と言えば良い」


 どことなく不機嫌な声だ。未咲としては何故少年が自分を神の御使いと言うのかわからないので、そう機嫌を損なわれても困る。そもそも少年は未咲のことを「怪しい人物」として認識していると思っていたし、彼が何の確証もなく神の御使いなんて大層な存在と認めるような人だとは思っていなかった。


「えっと」


 とは言え、未咲も自身のことをどう説明して良いかわからない。まさか自ら「怪しい人物です」とも言えない。未咲が口ごもり、言葉を見つけられずにいると、少年もそれ以上何も言わず沈黙が流れた。空気を変えるように、村長が咳払いする。


雅久がく、まずはこのお嬢さんを何処で見つけたのか教えてくれんかね」

「……申し訳ありません」


 この少年の名は雅久と言うのか。そういえばお互い名乗っていなかったことに未咲は気づいた。先ほどまで自己紹介出来るような和やかな雰囲気ではなかったことも確かではあるが、どうせなら少年の口から名前を聞かせてほしかったとぼんやり思った。


「御神木がある場所で、この者を見つけました」

「御神木の所で?」


 村長が眉を寄せる。


「はい。そして、彼女がこう……構えると」雅久は未咲がしていたようにきつねの窓のポーズを取る。


「御神木が花を咲かせました」

「何だと!?」


 バッと村長が勢いよく未咲を見た。未咲の心臓が大きく跳ねる。


「あ、あの、わたしもどうして桜が咲いたのかは……」

「ああ、いや、申し訳ない。驚かせてしまった」


 未咲がしどろもどろに話すと、村長は首を振り、顔に手を当てふうと息を吐いた。


「にわかには信じがたいが、雅久が嘘を吐いているとも思えぬし」


 村長は未咲を真っ直ぐに見据えて尋ねる。


「ところで、お主は何処から来たのかな? この村の者ではないことは確かであろうが……ともすると、山を越えて来たのか」


 未咲は顔を伏せ、ぱちぱちと時折火の粉を飛ばしながら燃える囲炉裏の炎を見つめた。

 本当のことを話して、果たして信じてもらえるのだろうか。


 未咲は不安でたまらなくなった。異なる世界からやってきたという荒唐無稽こうとうむけいにも思える話を、どうして信じられるだろう。未咲は祖母の「異なる世界」という言葉を聞いていたこともあって、もしやと思い当たったけれども、通常ならばすぐに信じることは難しいだろうと思う。


 それでも、話さなければ何も始まらない。大丈夫、何もやましいことなんてないのだから。

 未咲は大きく息を吸って、それからこちらをじっと見つめる村長と目を合わせた。

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