1-4 知らない場所
それからまた
「やっと着いた……?」
随分と長い時間歩いていた気がする。未咲は重い溜息を吐いた。
ふと村を挟んだ向こう側に目をやると、山々の影が映った。真正面の山がやけに気になって目を離せない。ずっと歩いていた疲れもあってぼーっと見つめていると、不意に影の中に赤が浮かんでびくりと身体を揺らした。
さやさやさやさや……。
肌寒い風が吹く。草木が揺れる。ざわ、ざわ、と何処か遠く、否、耳元で枝が
暗闇に赤が
「――おい!」
両肩を強く掴まれ、未咲はハッと意識を戻した。いつの間にか息が上がり、動悸も激しい。
「あ、あれ、わたし……って、わあ!?」
目と鼻の先に白い狐面があり、驚いた未咲は大きく声を上げた。少年は軽く息を吐き、未咲の肩から手を離す。
「何を見ていた」
鋭く問われ、未咲は目をぱちくりとさせた。
「何って……えっと」
あれ、と首を傾げる。先ほど自分は、何を見ていたのだったか。何かが気になって向こうの山を見ていたと思うけれど、何が気になったのか思い出せない。
「ごめんなさい。疲れてぼーっとしてたみたいで」
少年は少し間を開けて、そうか、と小さく返す。
「村長の所へ向かおう。今日はそこで早く休むと良い」
「うん。ありがとう」
少年の言葉を聞いて、不届き者を村長に突き出すわけではないのだと未咲は密かに安堵した。まだ村長がどんな人かはわからないけれど、少年の様子を見るに、少なくとも今夜の宿には困らなそうだ。油断させておいて、ということもなきにしもあらず、ではあるが。
村には人工的な明かりはないようであった。未咲の祖父母が居た村は、数は少ないものの街灯が設置されていた。その違いだけでも、やはり此処は自分がいた場所ではないのだとわかる。この村は何処かしこも暗闇に包まれていて、日が沈んだ夜は外へ出ようと思えないだろう。
「こっちだ」
少年が迷い無く進んでいく。未咲は置いて行かれないように小走りで少年の後に続いた。
今の時間が深夜ということもないだろう、と未咲は思う。勝手な想像ではあるが、自分と同じ年の頃であろう少年が深夜に山を歩き回っていたとは考えにくい。
となると、この世界、もしくはこの村の文化水準が数百年前である、とか。
自分はタイムスリップでもしてしまったのだろうか。未咲は泣きたくなった。
「着いたぞ」
「わっ」
少年が立ち止まったことに気づかず、彼の肩に自分の肩をぶつけてしまった。ごめんと小さく謝り、未咲は目の前の家屋を眺めた。
それは二棟の家が隣接しているような外観で、道中で見かけた民家よりも広く立派に見える。玄関先にはオレンジ色に光る
「村長、急ぎの報告です」
少年が木戸を叩きながら声を張る。思いの外大きな声に、未咲は周りの目が気になって辺りを見回してしまった。相変わらず、村は静まり返っている。
そわそわと辺りを気にしながら待っていると、ガラリと音を立てて木戸が開いた。
迎えてくれたのは柔和な顔をした白髪の老爺で、戸を引いた反対の手で玄関前に置かれている行燈と同じものを持っていた。恐らく彼が村長なのだろう。
「一体何が……おや、そちらの人は……?」
少年に問おうとした村長は、未咲に気づき眉を寄せた。
「この者のことでお話が」
「そうか。ひとまず、二人とも中に入りなさい」
村長に招かれ家の中に入る。入ってすぐは土間になっており、そのまま奥の方にはかまどが見えた。どうやら台所になっているらしい。左側には上がり
「こちらへどうぞ」
村長の案内に従い、靴を脱いで框に上がった。続けて囲炉裏のすぐ傍に置かれている
未咲の右隣には少年が正座する。その際に、少年が腰の辺りに手をやったので気になって見てみると、腰に提げていた刀を外して身体の右側に置くところでぎょっとした。どうして今まで気づかなかったのだろうか。未咲は心臓が嫌に騒ぐのを感じた。
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