世界の救世主

秋月とわ

第1話



  私は時間飛行士。ある任務を負ってこの時代にやってきた。そしてその任務も無事終わり今から帰るところなのだが──。

「……あと少し、あと少しなのにタイムマシンが動かない!」

 ことが起こったのは少し前。準備を整えていざ出発と私がタイムマシンに乗り込んだ途端、アラームが鳴り響いた。重大なトラブルかもしれないと焦ったが何のことはない、原因は重量オーバーだ。その証拠に操作盤のディスプレイに『重量超過:五〇グラム』と表示が出ている。

 五〇グラムなんて誤差の範囲じゃないか、と私は操作盤に吐き捨てた。しかし、たかが五〇グラム、されど五〇グラムなのだ。この問題をクリアしないことには私は元の時代には帰れない。元の時代では国民たちが私の帰りを待っている。

 私は何としてでもあと少しだけタイムマシンにかかる重量を減らさなければならないのだ。

 だが、そうはいっても荷物を捨てるなんて私にはできない。この荷物たちは私にとって、いや人類にとって重要な意味を持つものになるかもしれないからだ。それにせっかくの収集品を破棄しては任務を完遂したとは言えなくなってしまう。

 私に命じられた任務──それは世界を埋め尽くしてしまった巨大植物を退治するのに役立つ品をこの時代で集めてくることだ。

 巨大植物──私たちは〈樹〉と呼んでいる──は大昔、突如、地上に現れた。そして瞬く間に増殖し地球上の陸地のほとんどを覆ってしまった。〈樹〉の増殖により街は破壊され、人々は生活基盤を失ってしまった。

 初めのうちは街を取り返すべく戦っていたらしいが斧できろうが火をつけようがびくともしない。むしろ傷つけたところからさらに増殖してしまったと古い文献には書かれていた。

 長い年月の間に人類は衰退の一途をたどり、生き残った人間も〈樹〉の増殖をまぬがれた土地で細々と暮らしていた。

 過去の文献を見ると文明レベルは昔に比べて大いに後退したみたいだし、現に厳しい生活を強いられてきた。だが、食に関してはそこまで深刻ではなかった。〈樹〉が実をつけたからだ。田も畑も植物に埋もれてしまった私たちの主食はその実だけだ。

 〈樹〉の実は、桃のような果物で中にはひと回り小さい種が入っている。私は桃という果物を見たことがなかったのだが、国長が似ていると言っていた。

 桃のようなその実は食べ頃になると、表面をピンク色に染める。食べて見ると甘味があってなかなか悪くない。欠点をあげるとすれば、食べれる部分がほとんどないことぐらいだろう。種を守るように薄い層になった実の部分しか食べられない。ひとつ食べたくらいじゃ、到底お腹いっぱいにはならない。だがそれも実自体は腐るほどあるから問題はない。

 自分たちを窮地に追いやったものを食べて生きながらえるとはなんとも皮肉なことだ。

 それでもそんな生活がずっと続くと思っていた。だが、〈樹〉の増殖は私たちが暮らす土地にも押し寄せてきた。ここを追われればもう人類が住める場所などない。

 そこで私が旧世界の遺物であるタイムマシンに乗って、まだ人類が栄えていたこの時代にやってきたというわけだ。ここで私は自分たちの時代ではもう作れない役立ちそうな品々を集めて未来に帰る。そしてそれを使って〈樹〉に対抗しようという作戦なのだ。

 これは国の威信を賭けたビッグプロジェクトだ。帰ったらきっと私は〈樹〉から世界を救った救世主として全人類に崇め奉られることだろう。そんなことを考えると思わず口もとが緩んでしまう。

 この時代に飛んだ私は人類の救世主になるべく、街を巡り珍しい物や役に立ちそうな物を集めまくった。まだ〈樹〉の魔の手が伸びる前の世界は人類が繁栄していて、どこもかしこもにぎわいを見せていた。その光景に私は感動を覚えると同時に絶対に〈樹〉に打ち勝ってみせると心に誓った。

 そしていざ帰ろうとしたら重量オーバーだ。

 いくつかの品を置いていけば、すぐにでも帰ることはできる。だがそれは気が進まない。どれも役立ちそうだから集めたのだ。それに置いていった品が解決の糸口に繋がるものになるかもしれない。だから収集品を置いていくという選択はしたくないのだ。なにせ私は救世主だ。何が何でも〈樹〉を倒さなくてはいけない。

「しかし何かを捨てなければタイムマシンは動かないし……」

 アラームの鳴り響くタイムマシンで私は頭を抱えた。

 こんなところでぐずぐずしている暇はないのだ。私がこうしている間にも未来では〈樹〉の奴が刻一刻とその勢力を伸ばしつつある。

 私は収集品を見渡した。この中からひとつだけ置いていくものを決めなければいけない……いや、でも……。

 どの収集品も諦めきれない私はふと鞄の中におやつ用の実を忍ばせていたことを思い出した。あの実は一つでちょうど五〇グラムぐらいだ。

 タイムトリップ中、お腹がすくといけないと思って持ってきたが、この時代には実よりも美味いものがたくさんあったから食べなかったのだ。そして私はもう帰るから必要ない。未来に帰ればこんな実いくらでも転がっている。

 私は鞄から実を取り出すと近くの茂みに投げ捨てた。茂みの奥でべちゃりと実が潰れる音がした。

 タイムマシンはさっきから鳴り響かせていたアラームをようやく止め、出発準備完了を示す緑色のランプを点灯させた。

「さあ、世界の救世主様がご帰還だ!」

 私は発進ボタンを力強く押した。

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