小説を書こうとしたが……

@mia

第1話

「赤いきつね」「緑のたぬき」幸せしみるショートストーリーコンテスト


 このコンテストが開催されると知ったとき、美弥みやは募集する気に満ちあふれていた。

 彼女の好きなカップ麺一位タイの赤いきつねを冠するコンテストだ。書く気にならないわけがない。

 募集要項を読み進めると、彼女は急に落ち込んだ。 

 なぜなら、応募規定に「ホラー」では応募できないと書いてあったのだ。

 他にも「ミステリー」「評論・創作論」も対象外だったが、彼女が書いた小説はほとんど「ホラー」だったので気にしていなかった。

 

 しかし美弥よ、なぜ「ホラー」でいけると思った?

 コンテスト名に幸せしみると入っているだろう。幸せしみるホラーを書くつもりだったのか?

 心温まる作品を待ち望んでいる主催者の方々も、「アカイキツネノノロイ」やら「ミドリノタヌキサツジンジケン」やらの心温まりそうにないストーリーを応募されても困るだろう。


 彼女は規定に沿ったストーリーを考え始めたが、なかなかうまくいかない。

 就職を機に家を出たので、仕送りはない。

 彼女の住むアパートに親から手紙が来たことなど一度もない。用事があれば電話がかかってくる。

 手紙は来ないが、親は来た。

 両親そろってアパートに来ると電話で聞いたときには、思わず某ドラマの某課長のセリフ「暇か」と言いそうになったことを彼女は思い出していたが、赤いきつねと何の関係もない。

 どこか笑える日常って何かあったか、実家にいたころを思い出そうとしていた。

 

 昔々のある日のお昼にカップ麺を食べることになって、彼女は赤いきつねを選んだが、父の選んだ緑のたぬきも母の選んだ黒い豚カレーも食べたかった。

 いただきますを言うと彼女は「一口ちょうだい、一口」と両親にねだった。

 母は「お行儀が悪いから、外ではダメよ。うちの中でだけだからね」と念押しして食べさせてくれた。母からもらった後に父からももらう。そして彼女もお返しに一口あげる。

「全部おいしいねー」で終わるので、当たり前すぎて、お話にならない。


 その後に彼女は当たり前じゃない話を思い出し、少し顔色が変わった。

 あれは、小学二年か三年のお正月に彼女やいとこ達の家族が祖父の家に泊まった時のことだった。

 三日のお昼に、お餅に飽きた彼女を含めた子ども四人が別の物を食べたいと言い出した。

 孫達が来てもお正月くらいはゆっくりのんびりしたい祖母は、孫達にカップ麺を食べさせることにして、好きな物を選ばせた。

 カップ麺は十個以上あったが、赤いきつねは一つしかなかった。

 その一つは自分の分だと思っていた彼女が手を伸ばし取ろうとするより早く、いとこの一人に取られた。

 自分のだ、取った、取らないの言い争いが、だんだん激しくなり、「ケンカしないの」という祖母の声掛けもむなしく、手が出てくる。

 どちらかの母親が注意していたらすぐに争いは終わったが、いつも優しい祖母ではなかなか終わらなかった。

「いい加減にしなさい!」


 彼女も赤いきつねを取り合っていたいとこも、初めて聞く祖母の怒鳴り声に固まってしまう。

 彼女たちだけではない。

 早々にカップ麺を選び『早く食べたいなあ』などと思っていた二人も固まっていた。とばっちりである。

 それだけでは終わらなかった。

 祖母は赤いきつねを取り上げると、フィルムを取りふたを全部はがしてしまう。

 麵を取り出し包丁で半分に切る。切るというよりたたき割る。麺のかけらが飛んでも手を止めない。お揚げも半分にする。

 どんぶりを二個出し、麺、お揚げ、ほかのかやく、粉末スープと入れていく。お湯を注いだ後、お皿を二枚出しふたにする。

 無言の祖母の一連の動作は、いつも優しい人でも怒ると何をするか分からないというある種のトラウマを四人の孫達に植え付けた。


「あれはホラーだよ、ホラー」

 思い出したくない思い出をそう評価する。巻き添えになった二人のいとこには本当に申し訳ないことをしたと改めて思っていた。無言で包丁を握る老婆は怪談に出てきそうではある。

 だが、いま彼女が考えるべきは怪談ではない。


 数日たってもいいアイデアは浮かばなかったが、そのことを知った友人が彼女に赤いきつねを差し入れしてくれた。

 差し入れを食べながら「幸せって何だろう」とつぶやき、二枚目のお揚げを一口食べる。


『ホラーだったら書き終わっていたのに』

真っ白い画面を見つめる彼女がストーリーを作り出すことができるのか否かは、誰にも分らないのだった。





 



 

 

 

 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 


 


 

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