第7話


「んー、おかしいのう」



 ルークたちが去って数分後、ビルたちがいた広場は見るも無残な姿になっていた。近くにあった小屋はボロボロに崩れ去り、木々がへし折れていた。そして、あたり一面に青い血がまき散らされていた。

 そして、ビル爺の前には青い血をだらだらと流したオークが片膝をついていた。見るからに満身創痍といった感じである。胸につけられた大きな傷からは大量の血があふれ出し、右手首から先は切り飛ばされていた。それに大小さまざまな切り傷が体中についていた。



「おかしい。何故お主は生きているのじゃ」



 ビル爺の経験からすると、目の前のオークはもう死んでもおかしくない量の血を出していた。それにも関わらず、オークは未だ顔をゆがめ笑みを浮かべるだけの余裕を残していた。

 ビル爺にかかればオークなんてほんの数十秒で勝てる魔物だ。大型の魔物とは言え、所詮は大型になりたての小物だ。彼の前にはゴミにしかならないはずなのだ。


「まあ、殺してみてから考えればいいかの。ルークのことも気になるし、そんなに時間はかけておれん。オークにしてはやるが、所詮オークじゃ。さっさと死ね」



 ビル爺は大剣を中段に構えると、勢いよくオークに走り寄った。ビル爺は姿かたちも見えないほどの高速移動をするとオークの目の前で首を切り落とそうと剣を振るった。

 オークはそれを避けるために、無様に地面に転がった。

 それを逃がすビル爺ではない、空ぶった大剣をそのままぶん回し、オークの頭に叩きつけた。



「ぬ!」



 オークは何とか手元にあった木の棍棒を盾にしてそれを防いだ。そして、何やら体の表面に文様が浮かぶと、ビル爺の大剣を押し返した。

 さすがにオークに吹き飛ばされると思わなかったのか、ビル爺は大きく跳ね飛ばされた。そして、地面に着地するとそこにはオークの姿は無かった。



「逃げたか……」



 森の方へと青い血痕が続いていた。

 その方向は、花畑の方向であった。そして、それはルークたちが逃げた方向でもあった。



「それにしても、急に力が強くなった……あいつには何か裏がありそうじゃ……」



 ビル爺は、最初に投げた長剣を回収するとすぐにオークの後を追った。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 たどり着いた先は花畑だった。

 月が先ほどよりも高く登っているのか、花々は更に明るく照らされていた。月の光で照らされる花たちは幻想的な美しさを放っていた。


「ここまでくれば大丈夫だろう」


 私はそういうと、ルークを止めた。ルークは背負っているリリーを気遣って走っていたためか、息を荒くしていた。


「ビル爺大丈夫かな……」


「ルーク、ビル爺が負けるとこを想像できるか?」


「無理だね」


 私の質問に対して、ルークは即答した。私たちの中でビル爺とは最強であり、何なら負ける姿を見てみたいものだと思わせる人だった。

 オークごとき、すぐに倒して、私たちを追ってくると思わずにはいられないほどだった。


「リリーは大丈夫か?」


「見たところ、そんなに大きな傷は無いかな。ちゃんと呼吸もしてるし、心臓も動いているよ」


「とりあえずビル爺に見てもらわない事には安心できないけど、それは良かった。」


 私はルークに救命救急の作法を教え込んでいた。もしかしたら、元居た世界とは全然違う臓器とかもあるかもしれないが、呼吸と循環はこの世界でも重要だろうと思ったのだ。


「あの魔物怖かったね」


「そうだな、いつかはルークもあんなのを簡単に倒すようになると思うよ」


「なれるかな? 慣れるよ、ビル爺の孫なんだぞ」


 それに、あの夫婦の子供なのだ。彼が弱いはずはなかった。


「ぐううああああああああああぁあぁあああああぁ」


「ルーク! 剣を構えろ!」


 私たちの前に現れたのは全身傷だらけのオークだった。右手首から先はないし、大きな傷もある、それに棍棒もない。それでも、私たちの身体を固まらせるには十分すぎる殺気を放っていた。


「ルーク!」


 オークは血走った目でルークを見ると、すさまじい速度で迫ってきた。

 ルークを横目で見ると、まったく動けないようだった。それに後ろにはリリーもいる。あのでか物がこのまま来たら私たちはお陀仏だろう。


「聖なる壁よ、敵を遠ざけたまえ! 」


 ルークの前に飛び出すと、私はビル爺から教わった呪文を唱えた。

 ビル爺には攻撃の魔法が全くと言っていいほど才能がないと言われた私だったが、守護の魔法と回復魔法については才能があると言われていた。

 

 私が張った結界は、うまく機能したらしい。

 ガツンと言う大きな音が花畑に響き渡った。

 どうにかオークを止めることが出来た。しかし、この結界もそんなにもたないだろう。


「ルーク、足をねらえ」


 ルークに指示を出すと、さっきまで固まっていたからだがほどけた。ビル爺を彷彿とさせる鋭い眼光をすると、一気に剣を薙ぎ払った。

 私の結界をどうにか破ろうとして躍起になっていたオークは、ルークのことに気が付かなかったのだ。

 オークは腕を大きく振るうとルークを弾き飛ばした。


「ぐがあああああああ」


 ルークを弾き飛ばした後、オークは悲鳴を上げると、大きく下がった。切り落とすとまではいかなかったが、オークの右脚を半分ほど切ることが出来た。

 ドスンという大きな音をたてて片膝をついたオークであったが、まだ瞳には敵意しかなかった。

 青い血をそこら中にまき散らしながら、這いずるようにして私達のところへと近づいてきた。


「儂の孫に何をするか」


 追いついてきたビル爺は、襲われている私たちを見て大剣を抜いていき王欲走ってきた。目は怒りに染まり、容赦ない斬撃がオークの首を襲った。

 

 オークの首が落ちた。

 ビル爺が、首を断ち切ったのだ。さすがのオークも首が無くなっては生きていられないのか、どしんと大きな音をたてて地面に倒れた。


「大丈夫か?」


「うん、大丈夫。ありがとうビル爺」


「いや、逃がしてしまった儂のせいじゃ……それにしても、あの傷でここまで来たのか、恐ろしい執念じゃ」


 オークを見ると、とめどなく血が流れ出ていた。ここから、さっきリリーを見つけたところまで、それなりの距離があった。その距離を、重症を負ったオークが走り抜けたのだ。それは驚嘆に値するだろう。


 ビル爺は懐から小さな瓶を取り出すと、オークから流れ出る青い血を救った。薄暗く輝く魔物の血は、どこかこの世の物とは思えなかった。


「町に帰るぞ」


 ビル爺はリリーを抱えると、町に向けて歩き始めた。

 私たちはその後を追った。そんな私たちの頭の中には、オークの最後まで私たちを殺そうとした顔がこびりついていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 出発は数日伸びた。

 リリーの意識が戻ってから、あの魔物のことを聞きたかったからだ。

 直接魔物を調べれば良いと思っていたのだが、翌朝町の人がオークを回収しようと向かったら、オークが消えていたのだ。それにあの青い血もすべて消えてしまった。小さな小瓶に詰めたものを除いて。

 そのため、リリーに聞かなくてはならなかったのだ。


 部屋の中にはベットに寝ているリリーと、ルークと私、そしてビル爺がいた。リリーはそこまで大きな怪我ではなかったが、あの得体も知れないオークのことや、傷ついたケビンのこともあったのでベッドで編ん背にしておくように言われていた。


「では、あのオークは突然現れたのじゃな」


「ええ、急に現れました。それに、ケビンが向かって行って……」


「ケビンが傷を負ったと……」


「そうです」


 やはりケビンの傷はオークのつけたもののようだった。


「やはりそうか……ケビンが攻撃できたのは魔力を使ったのだろう。しかし、守護霊は魔物からは触れないのになぜ、あのオークは守護霊を攻撃できたのじゃ? 」


「……」


 ビルのつぶやきに答えを出せる者はいなかった。


「このことを報告するためにも、早めに王都に行かなくてはな」


 ビル爺は椅子から立ち上がり、部屋の外へ向かった。


「儂は先に行って準備しておくから、後で来なさい」


「分かった……」


 ビル爺は私たちを残して部屋を去って行ってしまった。

 私たちの間で沈黙が流れた。

 数日前までリリーは会うことを拒んでいたのだ。それにも関わらず、その相手に助けられ、ここ数日看病も見てもらっていた。

 その間で、股仲良くなると思っていたが、リリーはあんまり会話をすることが無かった。何か辛そうな顔をしていたのだ。



「じゃあ、行ってくるね」


「待って」



 気まずい空間に耐えられなかったのだろう、ルークは部屋から出ていこうとした。しかし、席を立つ前にリリーに声をかけられた。



「何?」


「ルークは王都に行くんだよね?」


「そうだよ」


「絶対行かなくちゃダメ?」


「ノゾムを助けるためにはそうするしかないみたいだから……」


「そう、だよね……」



 二人の間に再び沈黙が流れた。しかし、さっきとは違いリリーが沈黙を破った。



「いっちゃやだよ……」



 彼女の瞳には涙が浮かんでいた。その涙はどんな宝石よりも尊いものだった。



「また、会えるか分からないんだよ。ジェシーみたいに死んじゃうかもしれないし……」


 リリーには昔妹がいた。彼女の名前はジェシー。彼女は2歳になるかならないかの時に死んでしまった。

 感染症だった。子供の時よくかかるような風邪をこじらせてそのまま天へと昇って行った。

 リリーがルークにお姉さんぶっているのも、このせいもあるかもしれなかった。昔いた妹。今はいない彼女。

 幼かったリリーはそれを、重く受け止めていたのかもしれなかった。



「リリー、大丈夫だよ。僕は死なないよ」


「でも……」


「リリーだって知っているだろう。僕がビル爺に稽古つけてもらっているの」


「うん」


「僕は死なない。約束する。帰ってきたら、また遊ぼう」



 リリーにそう言ったルークの顔は、いつもののほほんとしている顔ではなかった。優しく、そして強い男の顔だった。

 途中からリリーの手を握って、顔を近くにしたことにより、いつもとは違う一面を見たリリーは顔を真っ赤にさせてうつむいた。



「約束だからね」


「うん」


「私も頑張る。この前、神父様に言われたんだけど、私回復魔法の才能があるみたいなの。もしよかったら、やってみないかって言われたのよ」


「そうなんだ」


「だから、私頑張る。私も王都に行けるように頑張る。そしてルークが王都で、のんびり寝ていたら叩き起こしに行ってやるんですから」


「それは怖いな」


 二人はいつも通りの仲に戻っていた。いや、今までよりも一段と深い関係になったのかもしれない。



「ねえ、ルーク」


「なに?」


「この前の花畑いったでしょ」


「リリーが襲われたときだね」


「悪かったと思っているは……」


 リリーはぷいと頬を赤くしてそっぽを向いた。そんな彼女のことがおかしいのかルークは軽く笑った。そしたら、更にリリーの頬は赤くなってしまった。


「それで、はい」


「うん?」


 彼女の差し出した手の中にあったのは、小さな袋だった。袋のからは、春の訪れを感じさせるような香しい花の匂いが漂っていた。


「これあげる。これは匂い袋よ。寝る時にでも枕元に置いておきなさい。いつでもここを思い出せるように……」


「リリー……」


「ルーク……忘れないでね……」


「忘れないよ……」


 ルークは眼を潤ませているリリーを軽く抱きしめると、背中をポンと叩いた。リリーは抱きしめられると、泣き出しそうだった顔を笑顔に変えた。目をつぶってルークの事を全身で感じているようだった。


 そんな二人を見つめて私は涙を潤ませていた。前世からそうだったが、子供の友情とか、家族愛とかそういうのに弱いのだ鼻を鳴らし、涙をこぼした。

 リリーは、号泣している私に気づいたのか微笑むと、私に話しかけてきた。



「ノゾムさん。ぐちょぐちょですよ」


「この年になると涙腺が弱くてなぁ」


「そんなに年とってないじゃないですか」



 リリーは、そばに座っていた私をベッドの上に持ち上げると首に緑いろのスカーフを巻いてくれた。


「このスカーフは……」


「昔ジェシーに上げようとしたものです」


 この緑色のスカーフは、亡くなる前のジェシーにリリーがプレゼントしようと作っていたものだった。渡す前にジェシーが亡くなってしまったため、渡すことが出来なかったものだ。


「これをノゾムさんにあげます」


「でもいいのかい?」


「いいんです。ジェシーはノゾムさんになついていましたし、それに……」


 リリーは窓の外を見た。窓の外には、春の訪れを告げる花々が咲き始めていた。


「なんだか、そのスカーフにはジェシーがいる気がするんです。だから、一緒に連れて行ってください」


「分かった」


「それあげるんですから、ちゃんと無事に帰ってきてくださいね」


「命を懸けてルークのことは守るよ」


「ノゾムさんもですよ。お願いします。さあ、ビルお爺さんが待っているんじゃないですか?」


「そうだね、ルーク行こうか」


「うん、またねリリー」


「またねルーク、ノゾムさん」



 そうして、私達はリリーの部屋を出ていった。リリーの家の前には旅装束に身を包んだビル爺が待っていた。そばには荷物を運ぶために買ったロバが一頭いた。


「そのロバどうしたの?」


「リリーの両親が、リリーを無事に見つけてくれたお礼といってな」


「そうなんだ」


 ロバの背には重そうな荷物が詰められていた。しかし、そんなものは乗っていないかの様に涼しい顔をしていた。


「何かしたの?」


「うん? ああ、ロバのことか。ここ数日暇だったのでな、ロバの装備に細工をしてな、疲れ知らずのロバになっとるぞ」


「へー」


 確かにロバについている装備を見ると、ところどころに紋章が刻まれていた。剣も魔法も細工もうまいとは、この爺さんに苦手な事とかあるのだろうか。


「さあ、行くぞ。ノゾムはロバの上に乗っておけ」


「うわ」


 私はビル爺に抱え上げられロバの上に乗せられた。そこまで高いというわけでもないが、小さくなった私の身体と比べれば非常に高かった。


「さあ、行くぞ」


「うん」


 ビル爺の声とともにロバは歩き始めた。これからどんな旅が待ってるのだろうか。昔読んだファンタジー小説のような旅ではなくて、何もイベントのない安全な旅を願うばかりであった。


「いってらっしゃーーーい!」


 声のした方を見ると、窓から身を乗り出したリリーの姿が見えた。大きく手を振ってくれていたのだ。


「行ってきまーす」


 ルークはその声に、満面の笑みを浮かべ言葉を返した。リリーは私たちの姿が見えなくなるその時までずっと手を振っていたのだった。 

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僕とポン太の歩く道 風間慎太郎 @murabitok3

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