第6話
リリーに合うことを断られた次の日、私たちはとにかく忙しかった。旅に出る間に腐ってしまうような食料の備蓄やなどを近所の人に売り払い、防犯魔法をかけるために魔法陣を言えに施したりなどやることはたくさんあった。
旅立ちの時が近づくにつれて私たちは軽い興奮を覚えていた。
10年間この土地で過ごしてきて、この町には大変感謝していたが、やはり辺境ということもあって、変化が乏しいのだ。前世の様にとまではいかないが、変化に満ち溢れた世界に住んでいた私としては、もっと刺激的なことが欲しかった。
「明日は王都に旅立つが、お別れは言えたか?」
「言える人にはいってきたよ」
この二日間で、多くの人に別れを告げてきた。この町でできた友達、それに良くしてくれるおじさんやおばさん達、その一軒一軒に挨拶してきたのだ。
中には泣いて抱きしめてくる人もいたし、またこの町に戻ってくるのを楽しみにしていると言われることもあった。まあ、一番多かったのは、王都に行くなんて羨ましいということだった。
「リリーには言えたかの?」
ビル爺のその言葉に、首を横に振ることでそれに答えた。今日も彼女の家に行ったのだが、会うことはできなかった。
リリーはルークにとって一番の友達だったと思う。本当に小さいころから一緒に育ってきた。彼女の親御さんが忙しくて面倒を見れないときは、この家で一緒に遊んでたし、一緒にご飯も食べた。彼女との思い出はとても多かった。
「会えなかった。一応、伝言は残してある」
「会えないのは悲しいかもしれんが、それならルークの気持ちは伝わっているじゃろう。この旅で大きな男になって、リリーを驚かせてみればいい」
「うん、そうだね」
ビルはそう声をかけた。ルークは、わずかにうなずくと残った食料で豪華に彩られた料理を食べることに集中した。
そんな時だった
玄関のドアを必死にノックする音が聞こえたのは。
ビル爺が、何事かと首をかしげながら玄関の扉を開けると、そこにいたのはリリーの両親だった。
「リリーがこちらに来ませんでしたか!」
ドアの外で大声を上げたのはリリーの父親だった。その顔は、悲壮感に満ち溢れていていた。
「いや、来ていないが……どうしたんじゃ?」
「夕方から姿が見えなくって……夜になっても帰ってこないし。もしかしたら、こちらに来ていると……」
「ああ、リリー……」
リリーのお父さんはそう言ってビル爺を見つめ、お母さんは崩れ落ちてしまった。
ビル爺はひとまず、二人の話を聞くことが先決だと考えたのか、今にも倒れそうな二人を言えに連れ込むと二人の座らせた。
二人は、色々なところを駆けずり回って探したのだろう、靴は土がまみれ、荒い息をしていた。
「リリーの行く場所に心当たりはないかの?」
「もう全部回りました……教会や子供たちの遊び場、私たちの畑なんか全部……」
「そうか……町長には報告したか?」
「ここにくる前に、お兄ちゃんを町長のところに向かわせました」
「そうか、ならば町全体で探すようにはなったのだな」
「行かなきゃ……」
「まあ、待て。やみくもに探してもらちが明かんじゃろう」
ビル爺は親御さんたちにこれまでの話を聞くと、ルークの方へやってきた。いつになくビル爺の顔は真剣であった。
長年の経験がそうさせているのだろう。ビル爺には、そういう己を冷静にしなくてはならならなかったことを何度もあったのだ
「ビル爺、リリーが!」
「落ち着くのじゃルーク。こういう時ほど、落ち着かなくてはならぬ。ルーク、リリーが行きそうなところに心当たりはないかの?」
「んー」
リリーの両親の話を聞くと、リリーが行きそうなところはだいたい探しているようだと感じた。この町で、子供が遊ぶところなんてのは限られている。
それこそ……
「もしかして、外か……」
「それだ!」
「何か分かったのか?」
「リリーは、お花畑に行ったのかもしれない……」
「お花畑?」
「一昨日話していたんだ。今度お花畑に行こうって」
「もしかしたらそこにいるかも知れぬのじゃな」
「僕はそう思う」
ビル爺を見つめるルークの瞳は決意に満ちていた。幼いころから一緒に成長してきたからこそわかるのだろう。
絶対にリリーは其処にいると確信しているようだった。
ビル爺はルークの話を信じてみるつもりのようだ。リリーがいないことに焦っている親御さんに話かけた。
「二人とも、もしかしたらリリーは町の外に行っているかもしれん」
「そんな! 本当なんですか」
「もしかしたらの話じゃ。ルークがつい最近、町の外にある花畑の事をリリーから聞いたということじゃ」
「でも、今は結界が……」
「確かに、結界があるため外に出れるはずがないが……もしかしたら、お主らが気づくもっと前に出ていったのかもしれぬ」
「そんな……」
「儂らはすぐに探しに行こうと思っている。二人は町長のところに行って、南の道の結界を数刻弱めてくれるように話してきてくれ。結界が弱まれば、外に出ることが出来るからの。後、リリーを見つけ帰ってくることが出来れば、連れて帰ってくるから、儂らの帰りが分かるように南に兵をまわしてくれと言っといてくれ。」
「分かりました。リリーをお願いします」
「全力を尽くす」
二人はすぐに外に出ていくと、一生懸命町の中心へと走っていった。
ビル爺は、旅支度の中から防具をつけ、巨大な大剣を背に背負い、腰に予備の長剣を指した。普通の人なら装備することもできないような重装備だが、ビル爺の動きはまるで装備なんて無いかのように軽やかだった。
ルークも、ビル爺と同じように皮の鎧をつけると、腰に剣を下げた。いつも練習させられていたからだろう、手早く身に着けるとビル爺の側に立った。
「ルークは夜の町の外に出るのは初めてだったかの」
「うん。初めてだよ」
「いいか、夜の魔物は昼間に木陰で隠れている魔物とは全く違う。獰猛で、素早いのじゃ。いいか、儂の側を離れるな」
「分かった」
「いい返事じゃ。リリーは賢い子じゃからの。もしも帰れなくなったとわかったら、どこかで隠れているじゃろう。どうにか探し出さんとな……。後、最近大型の魔物の発見報告があるから、気を付けるのだ。もし万が一見つかったら、儂に任せて二人は後ろに下がっておれ」
大型の魔物、これまでルークが訓練と称して戦わされてきた魔物とは、全くの別物なのだ。ビル爺に教えられてきた魔物の知識に出てきた大型の魔物はどれも、凶暴で残忍だった。
村一つを壊滅させた狼の魔物、冒険者を惑わせる木の魔物、戦場で現れるという骨の魔物どれも歌に歌われるほど強力なものだった。
そんな魔物を思い出しているのだろう、ルークの顔は恐怖の色が見えた。
「大丈夫じゃ。今回の魔物はおそらく発見報告によるとオークじゃから、儂一人で十分に殺せる。安心せい」
「うん」
「さ、行くぞ」
そう言うと、ぐりぐりとルークの頭をなでると玄関へと歩き始めた。
ルークの方はというと、やはり緊張が勝っているのか表情は硬く、手を握りしめていた。
「大丈夫だよ。ビル爺も私もいるから」
私はそんなルークの手ポンと叩き、笑顔を見せた。
「うん、そうだね。リリーも怖がっているかもしれないし、僕も頑張らなくちゃ」
ルークは、さっきまでの表情を崩し私に微笑みかけた。そして、決心に満ちた顔をしてビル爺の後を追うのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
外は月明かりや星々の輝きでかすかに照らされているものの、非常に暗かった。この世界には、街灯なんてものはない、どこまでも広がる暗闇がそこにはあった。
ビル爺は、火の魔法を使って抗原を確保した。自分の周りに火の玉を浮かべるのだ、時と場合が重なればジャパニーズホラーみたいに見えなくもない光景だった。
「あの二人はよくやってくれたな」
ビル爺の前には暗闇が広がっていたが、彼の眼には結界が見えているのだろう。普段の結界は外からの侵入だけを拒むものだが、今は強度を上げるために内からも出れなくなっているのだ。
リリーの両親が町長に話しをつけてくれたのだろう、結界を普段通りのレベルまで下げてくれているみたいだった。
「ルーク。ここからは魔物の世界じゃ。十分気を付けるのじゃ」
ルークはその言葉にかすかに首を上下に動かし、うなずいた。いつもののんびり屋さんがどこかに行ったようだった。ここにいるのは、初陣を前にする一人の勇敢な少年だった。
「行くぞ」
ビル爺は、炎を先行させつつ道を進んだ。周りを見渡しても、うっそうとしている森が広がっていた。昼間の間は長閑な風景を見せてくれるが、夜に見るとまた違った顔をみせた。
風が吹き木の葉が揺れる。
いつも当たり前のように聞いているはずのそんな音で、私は恐怖を感じた。いつ魔物が出てきてもおかしくないという恐怖感があった。
「二人とも、もうちょっと緊張を解くのじゃ。ここはまだ人間のテリトリーじゃ、魔物もそんなに出てこん。ルークお主が言っていた花畑はこっちであってるか?」
「うん。あともうちょっと行くと大きな岩があるんだけど、そこを曲がってまっすぐ行くとあるよ」
「そこまで遠くは無いな。森に入ったら周りに気を付けるのじゃぞ」
去年の春にリリーとルークが見つけた花畑は、二人の秘密の場所だった。まだ子供の二人にとってそこは、大人が来ることのない神聖な場所だったのだ。
そこにリリーがいるかどうかは分からなかったが、無事でいてくれるように祈るしか他無かった。
「そこの岩だよ」
「よし、森に入るぞ」
森に入ると、さっきよりも恐ろしいものに感じられた。木の葉に遮られ、月の光も星々の輝きもここには届かない。一寸先は闇という言葉があるが、文字通り目の前には闇が広がり、何かが出てくるかもしれないという怖さがあった。
自然と歩く速度も遅くなり、魔物に気づかれないようにゆっくりと、しかしできるだけ早く先を急いだ。
「ここじゃな」
数分も歩くと、そこには花畑が広がっていた。春が始まったばかりだからか、満開とは言わないまでも、ここ数日天気が良く気温も高かったためそこそこの花が咲いていた。
月光に照らされる花々は、風に吹かれゆらゆらと揺れ、前世だったら思わず写真に収めたくなるような風景だった。
「リリーはおらんな」
「そうだね」
「一応、周りを探してみるか。ルークとノゾムは左の方を、儂は右を探してみる。何かあれば大声で叫ぶんじゃ」
「んっ」
花畑はそこまで大きなものではなかった。
おそらく昔、火事か何かがあたのだろう。気のないスペースに花が生えたみたいだった。今年もあともう少しすればここも、去年リリーとルークが来た時みたいに満開の花を見ることが出来るだろう。
「ん?」
「どうしたの、ノゾム?」
「いや、何か見えるような気が……」
私の目には、何かがうっすらと見えるようだった。それは空中に霧のように漂っていた。
ルークの目には映っていないようで、彼には見えないようだった。
近づいてみるとそれは、青い血の様に見えた。
「なんだこれ?」
青い霧と、その下に青く光る血痕が森の方に続いている。
こんなところに、こんなものがあるのはおかしな事だろう。私はすぐにビル爺を呼ぶことにした。
「ビル爺!」
「何か見つけたか?」
「ノゾムが何か見えるって言うんだ。僕には見えないけど……」
ビル爺は私が声をかけるとすぐに来てくれた。
そしてルークの言葉を聞いてあたりを見渡したが、何も見えないのか私の方へと顔を向けた。
「ノゾム、お主には何が見えるんじゃ?」
「なんだろう、青い血みたいなものが森に続いてる」
「守護霊にしか見えないものなのか……どこら辺に続いているのかわかるか?」
「ついてきて」
私は、青い血をたどって森の中へと再び入っていった。二人は私のすぐ後ろをついてきてくれているらしい。
それにしても、これは何なのだろうか。青いものに触れると、すぐに消えてしまう。存在が希薄というべきなのだろうか。似たものは見たことがなかった。
「ちょっと待って」
ルークは何か見つけたようだった。
彼は、すぐそばに生えている木の下に行くと何かをとった。
「それは……」
「これはリリーのカバンだよ」
「この森にいるのか……」
ルークが持ち上げたのは、いつもリリーが身に着けているカバンだった。これがここにあるということは、リリーはここにいたということだ。
三人は他に何かないか周りを見渡した。
「これはオークの印じゃ」
「オークの印?」
「オークは、森で迷わないように木に印をつけるんだ。これがあるということは、リリーはオークに襲われたのじゃろう」
ビル爺の言葉は絶望的な状況を表していた。戦闘の訓練を受けていない少女がオークに襲われる。それは彼女の生存は薄いということだ。
「とにかく、先に行くぞ」
「うん……」
ビル爺は私を促して先を急がせた。森の中を左右にくねりながら言っているということは、リリーはどうにかオークを撒こうとしたのだろう。しかし、その試みはダメだったようである。どこまでも血痕は続いていた。
「ちょっと待て」
「どうしたの?」
「しっ。何か聞こえるじゃろ」
ビル爺は耳を澄ませた。私たちも、音をたてないようにして彼の言う音を聞こうとした。
風が運んできたのか木々が揺れる音のほかに、どこか遠くで狼のうなり声のようなものが聞こえた。
「ケビンの声だ」
「急ぐぞ!」
私たちは、全力で駆け出した。
ケビンのうなり声が聞こえるということは、まだリリーは死んでないということだ。なんとしても、死ぬ前に助け出さなくてはならなかった。
生い茂る森を進むと、少々開けた場所にたどり着いた。猟師が使っているであろう小屋がぽつんと立っている場所に、青い血を流したケビンと倒れこんでいるリリー、そして鈍く光る青色の血管が浮き出ているオークがいた。こぶしにはケビンの血だろうか、明るい青色の血がべったりとついていた。
ケビンは背を低くしてオークに対して、うなり声をあげていた。しかし、その体は見るも無残な姿であった。片足が折れているのか足を引きずっているうえに、片目はつぶされていた。
対するオークは、ニタニタと笑みを浮かベ手元にあった木の棍棒を、ポンポンと手の平に打ち付けていた。瞳の下にはおそらくケビンがつけたであろうひっかき傷がついていた
「リリー!」
「二人はリリーを連れ出せ!」
「了解!」
私たちは一目散にリリーの元へと急いだ、その様子を下劣な笑みを浮かべたオークがじっと見つめていた。
そして、私たちを追い詰めるようにジャンプしようとしたが、それがかなうことは無かった。オークは私たちのところへ来るばかりか、後ろに大きく距離をとった。
「ふん、オークにしては賢いな」
ビル爺がオークめがけて、腰にあった長剣を投げつけたのだ。
それを察知したオークは大きく後ろに下がり、回避するしか他なかった。
ビル爺はオークの前に悠然と進みだすと、大剣を抜き放ち正眼に構えた。
「おぬしの相手は儂よ」
「ぐわはははっははは」
オークはこの世の物とは思えぬ笑い声をあげた、青い血管が更に浮き出て力をためているのが分かった。彼にとって、ケビンやルークはもう眼中に無いようだった。目の前にいる強者と戦うこと以外はどうでも良いようだ。
オークは右足を大きく下げると、地面を勢いよく蹴って飛び出すようにビル爺に向かって行った。
二人の強者の戦いが今始まった。
「リリー、リリー。ねぇ大丈夫」
「あ、う……」
リリーはオークに弾き飛ばされたのだろう、足を痛めているようで地面にうずくまっていた。
ルークはその場からすぐに立ち去るために、リリーを担ぎ上げた。本当は、重症を負った人はその場からできるだけ動かさないほうがいいが、そんなことは言ってられない。
ここにいるのはルークと私だけで他に人はいないし、すぐにここら一帯はビル爺とオークの戦いに巻き込まれる。
すぐにここから離れねばならなかった。
ルークがリリーを担ぎ上げると、ケビンが近くに寄ってきた。彼は本当に痛々しかった。右前足は折れて変な方向を向き、片目がつぶれている体中に傷があり、今こうして立っているのも不思議なぐらいボロボロだった。
「ケビンはリリーの中に戻っておいてくれ」
「ワン」
私がそういうと、ケビンは明るい青い粒子になってリリーの中に吸い込まれていった。
ケビンを運べるほど、狸になった今の私に力はない。彼女のなかに入れてよかった。
それにしても、なぜケビンとオークは戦えたのだろうか。魔物であっても守護霊に触れることはできない。つまり、本来ケビンは一方的にいたぶることが出来るはずなのだ。それにも関わらず、オークはケビンに攻撃できたみたいだった。それにさっきのオークの傷を見るとケビンも魔物に触れられたようだ。
何が何だか分からなかった。
「ノゾム行くよ!」
「おう」
そんな思考の海へと旅立ちそうになった私を、ルークは逃げるように促した。彼の言う通りだ、一先ずここから離れねばならない、私たちがここにいるとビル爺が満足に戦えないだろう。
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