第2話
「で、あるから。守護霊とは……」
教会には授業が始まるぎりぎりの時間にたどり着くことが出来た。
この教会は、教会本来の機能だけじゃなく、町の学校も兼ねているのだ。ここでは、7歳から12歳までを対象にした、週に2回か3回程度の簡単な授業が開かれている。受けるかどうかは人それぞれだが、町にいるほぼすべての子供が参加していた。
ここでは文字の読み書き、簡単な計算、それにこの国の歴史に簡単な魔法を教えてくれる。このように、生活に欠かせない物事が多いため、家の仕事をやすませてでもこの授業を受けさせたいと考える親は多かった。
もちろん宗教的な活動なんかを小さいころから行って習慣にしてしまおうという、教会の考えもあるのだろうが、どちらにしても町の人には利益がある事なのでそれをとやかく言う人はいなかった。
「リリー、守護霊とは何かね?」
「はい、神父様。守護霊とは私たちに寄り添ってくれる者たちのことです」
「その通りだ、よくわかっているねリリー。守護霊とは私達が産まれたときから側にいてくれるもののことです。16歳までの間、私たちをより良い方向へ導くために支えてくれます。そして、16歳になると私たちにギフトを残し去っていきます。その形は様々なものがあり、動物であったり人であったりと様々な形をとります」
「神父様」
「なんですかリリー?」
「なんで、形が違うのですか? 私の守護霊は狼でしゃべることが出来ませんが、ルークの守護霊のノゾムさんは人型でしゃべることが出来ます」
そう、私はルークの守護霊なのだ。
地球で死んでしまった私は、気が付いたらルークの守護霊になってしまっていた。なんで死んだのかはわかっている。しかし、死んだ瞬間の記憶は無かった。気がついたらこの世界にいたのだ。
この世界に来て初めのうちは混乱した。実体をもっていないということに慣れなかったし、触れられるものはルークの身体と他の守護霊ぐらい、他のものは触れることが出来なかった。
しかも、私を含め人型の守護霊は少ない上に、他の守護霊には言葉が通じなかったので会話をすることが出来なかった。もし、ルークの両親が私に翻訳の魔法を使ってくれなかったと想像すると恐ろしかった。
今ではいくつかの魔法を使って、間接的にものを触ることはできる。でも、この世界に来た当初は本当にどうしようもなかった。
次第に実体が無いということに慣れることが出来たが、それでも浮いたまま移動することが出来るのにもかかわらず、地面に足をついて歩いてしまうし、ケビンのように宿主の体の中で過ごすということをしたいとも思わなかった。
「リリー、守護霊は神々があなたたちが健やかに暮らせるように選んでくれたのですよ。しゃべれないからなんだというのですか。ケビンはあなたと仲がいいでしょう?」
「はい……」
「しゃべるしゃべらないというのは些細なことなのです。大事なのはあなたがどう思うかです」
神父はそう言ってリリーを軽くたしなめた。神父様のいうことは正しいのかもしれないが、幼いリリーにとっては自分の守護霊とおしゃべりができないことが不満なのだろう。ちょっと難しい顔をしながらうつむいた。
「リリー。守護霊とは、私たちに足りないものを補ってくれる存在なのです。あなたの守護霊が狼なのも、きっと何か理由があるはずなのです。後3年の間にそれに気づくことが出来るかどうかはあなた次第なのです」
「はい神父様」
リリーは完全に納得している様子は無かったが、その言葉にうなずいて同意を示していた。
守護霊は、宿主が産まれたときに同時に産まれ、宿主が15歳を終え、16歳の誕生日を迎えると同時に消えるのだ。このことを知った時に私は深い絶望と安心感を得ることが出来た。15年しか存在することが出来ないという悲しみと、2回目の終わりは急にはやってこないということだ。
少なくとも前の世界とは違い、病気になって数か月で死ぬということは無いのだ。終わりがいつやってくるのか分からない恐怖に比べ、もう決まっている終わりを知ることはそこまで苦にならなかった。
「さて、もうこんな時間か。今日はここで終わりにします。今朝、大型の魔獣の発見報告が村長に届きました。どこにも寄り道せずにまっすぐ家に帰るように」
「「「ありがとうございました」」」
お昼を知らせる鐘が鳴り響いた。この鐘の音は授業の終わりを知らせるものであり、町の人へ昼休憩の時間を知らせる音だった。
授業を受けていた生徒は荷物をカバンの中へとしまい、それぞれの家へ帰ろうと準備していた。
「ルーク、一緒に帰ろ!」
「分かった」
教会に来た時と同じように、リリーはルークと一緒に帰るつもりのようであった。一つ来た時と違うことといえば、リリーの守護霊である狼のケビンが出ていることだろう。ケビンは私の腰ぐらいの大きさがある大型の狼で、灰色の毛が美しく光っていた。昔触らせてもらった時の感触は、今でも忘れられない気持ちよさだった。
そんなケビンはリリーの手に、自分の頭をこすりつけていた。
ケビンの様子を不思議そうに見ながらも、リリーはケビンの頭をゆっくりと撫でていた。
「いつもはこんなに甘えてこないのにどうしたんだろ」
「さっき、リリーが神父様にケビンのことを質問したからじゃないかな」
ルークはその様子を見ながらそうつぶやいた。
ルークはケビンに触れることはできない、昔ケビンを撫でたいと話していたこともあったが、その夢がかなうことは無いであろう。
「守護霊は宿主の気持ちを感じ取ることができるからね」
「ねー、ノゾム」
「何?」
「僕が今何を考えているか分かる?」
ルークは私が何を言うのか興味津々といった感じで聞いてきた。
彼は非常に感情が表情に出やすかった。先ほどまでのルークを見ていれば、感情なんて読めなくても、ほぼ当てることが出来た。
「おなか減って、早く家に帰りたいって思っているでしょ」
「え、なんでわかったの? 気持ちが読めるから?」
「いや、気持ちが読める読めない以前に、ルークはわかりやすいよ」
ルークは自分の顔をグニグニと両手で揉んで首をかしげていた。自分の考えが顔に出ていると言われたのが信じられないのだろう。
「ねえ、ノゾムさん。なんで、守護霊は私たちの心を読むことが出来るのに、私たちは守護霊の気持ちを感じ取ることが出来ないの?」
「うーん」
私は彼女の質問に対して、言葉を詰まらせてしまった。
なぜ、宿主は守護霊の気持ちを感じ取ることが出来ないのか、逆はできるのに。そんなことを考えたこともなかった。
それが当たり前だと思っていたし、私はしゃべることが出来るのでルークと話して気持ちを伝えることが出来るから、気にすることがなかったのだ。
「うーん」
「なんでなんだろう……」
「多分それは……」
私とリリーが頭を悩ませているとルークは特に考えた様子もなく、すらすらと話し始めた。
「多分だけど、僕たちが大人じゃないからじゃないかな」
「大人じゃない?」
「うん。例えばノゾムの気持ちを直接理解できるようになると、僕は混乱すると思うんだ」
「なんで?」
「ノゾムは26歳の大人だし、僕とは全く違う事を感じていると思うんだ。リリーだって、動物の気持ちを直接感じ取れたらリリーの感情に影響が出るかもしれないだろ。狼少女になっちゃうよ」
「でも、私は感じたいよ。ケビンの気持ち」
リリーは納得しきれていないような顔をしていた。一方で私はルークの言葉に納得し、そして驚いた。まだ成長過程であるルークが、死人である私の気持ちをダイレクトに理解してしまったら、恐らく想像を絶する影響を彼に与えてしまうだろう。それこそ心を歪ませてしまうほど強力なものだ。
そして、そのことを彼はなんてことのない様に言ってのけた。私が彼ぐらいの時にその考えに至れているかというと、そんなことは無かった。毎日彼のことを見ているつもりなのだが、子供は私達の想像をはるかに超えて大人になっていくのだと実感させてくれた。
「リリー。気持ちってのを感じ取れるって言うのはそこまで便利なものでもないよ」
「どうして?」
「例えば、ルークがお腹が減ったら私も何となく空腹な感じがするし、眠くなったら私も眠くなるんだ。もし、ケビンの感情を直接感じ取れるようになってしまったら、ずっと眠くなってしまうかもしれないよ」
「ううー。それは困るかも」
リリーはケビンの瞳をじっと見つめた。ケビンの瞳には何が映っているのか私には分からないが、産まれたときから一緒にいる彼女には、何か通じるものがあったようだ。
「まあ、いっか。ケビンはケビン、私は私だもんね」
「そろそろ帰ろうか。ルークはおなかペコペコらしいよ」
「うん。帰ろう」
私たちは、のんびり帰路につくことにした。朝来た道を戻るわけだが、朝と比べ人通りが増えていた。だいたいが農作業から、一旦自宅に昼食を取りに戻る人たちだ。そんな風景を見ていると、日本にいたときのことが本当に昔のように感じられた。12年という長い年月をルークの守護霊として生きてきた。
いや、生きてきたというのは間違いかもしれないかった。食事をとることもなければ、本当の意味で寝ることもできない。あんなによく食べていたお米の味なんてものは忘れてしまったし、塩の味すら思い出せない。眠ったとしても、眠ることで得られる爽快感は無い。
ルークが食事を食べることで得られる満腹感や、睡眠をとることによって得られる充実感によって何とかなっているが、それすらなかったらおそらく発狂していただろう。もしかしたらそれを防ぐために、守護霊は宿主の感情を読み解くことが出来るのかもしれなかった。
「あれはなんだ?」
ルークは立ち止まって道のわきを指さした。そこには薄汚れた小さな何かがいた。
近づいてみるとそれは動物だった。よく見てみると、顔に左右につながりのない黒い模様、もこもことした毛皮、ずんぐりむっくりしたボディ。そうそれは。
「狸だ」
「狸って何?」
「狸って言うのは……。っとその前に、なんでこいつはこんなところに?」
「ねえ、見て。怪我しているよ」
リリーは目の前でうずくまっている狸が怪我していることに気が付いた。確かによく見ていると、おなかに傷があった。道理で私達が近づいても逃げないはずだ。
「どうする?」
「どうするって?」
「私の家にはクロがいるから連れて帰れないのよ」
「えっ、僕が家に連れて帰るの?」
「じゃあ、見捨ててもいいって言うの?」
「うーん……」
どうやら、リリーはこの狸を助けたいようだった。彼女の家では、クロという大型犬をすでに飼っているため、怪我している狸を持って帰るのは親に怒られるだろう。
「ねえ、狸って美味しい?」
どうやら、ルークは狸がもし死んでしまったら食べてしまおうと考えているらしい。食いしん坊、というかこの世界では当たり前の考え方だった。腐って無ければ一先ずよく焼いて食べてみる。ビル爺から教わったことの一つだ。
「ルーク。狸は美味しくないよ。食べたことないけど、犬も食べないまずさらしいよ」
「へぇ」
「二人とも!」
狸の味について話している私たちに対して、リリーはお冠のようであった。
そんなリリーをよそに、ルークはカバンからタオルを出すと狸を包み両手に抱えた。なんだかんだ言って、リリーがお願いした通り、家に連れていくようだ。
「食べないでよ。今度確認しに行くから」
「分かったよ」
リリーは、懐疑的な眼でこちらを見ていたが、ルークはどこ吹く風のようであった。ルークに抱えられた狸はぐったりとしていて、正直助かるか助からないかはぎりぎりのように見えた。
「二人とも、早く帰らないと本当に死んじゃうかもしれないよ」
「走って帰るわよ」
「はぁ」
リリーは真っ先に駆けだした。ルークは渋々ながらも、狸に振動を与えないように気を付けながらできるだけ急いで彼女に続いて走り始めた。
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