第34話

 静寂が。

 静寂がこの場を支配していた。

 

 人々の悲鳴も、人々の奮起する声も、人々の怒号も、

 吸血鬼の笑い声も途絶えてしまっている。

 

 吸血鬼と戦っていたドワーフたちは全員死に、逃がせそうな民も全員逃しきりもうここに残っているのは物言わぬ民たちだけだ。

 僕は大通りの中央を不敵に歩く。

 大通りにはたくさんのドワーフたちの死体が転がっている。

 無惨にもぐちゃぐちゃにされたドワーフたちの死体が。中には赤ん坊と思われる死体まである。


「何者……?」

 

「どこから?」

 

「……ッ」


 そんな僕を見て、吸血鬼三人が首を傾げている。

 明らかに只者ではない僕を警戒しているのだろう。

 吸血鬼の数は全部で五人。ここにいない二人はドワーフに倒された、というわけではなく地下一階へと向かっているのだ。


「ふふふ」

 

 僕は不敵な笑みを浮かべ、束縛血界を解除する。


「「「……ッ!?」」」

 

 目の前の吸血鬼三人が驚愕の表情を浮かべる。


「きゅ、吸血鬼!?」

 

「ふぅー。はぁー」

 

 僕は食事を開始する。

 血は流れ、荒れ狂う。

 ドワーフたちの死体から血がゆっくりと流れ、この街全土から血が流れて僕の元へと集まってくる。

 血しぶきがあがり、皮が生まれる。

 

「くくく」

 

 僕の元へと大量の血が、命が流れ込んでくる。

 血を吸い始める。幾度も。当たり前のかのように。


「実に美味だ」

 

 僕の元へと命が流れ込んでくる。

 記憶が、思いが、魂が。

 僕の中へと呑み込まれ、混ざりあい、甘美な悲鳴を上げて死に絶える。

 希望を奪われ、喜びを忘れ、楽しかった記憶を忘却の彼方へと追いやる。

 そして残るのは……闇だ。

 死への恐怖、吸血鬼への憎悪、大切な人が殺される悲哀と絶望。

 それらは巨大な闇へと呑み込まれ、帰着する。混ざりあい、ゆっくりと闇は、絶望は、怒りは、憎悪は、悲哀は、絶望は、膨張していく。

 光は虚ろで曖昧で、闇は深く濃い。

 光は失われ、闇だけが残る。


「ば、化け物……」

 

 冥魂吸血の恐ろしさを知っている吸血鬼たちは震え、恐怖の声を上げる。


「な、何故……生きていられる……何故壊れないッ!?」


「何なんだッ!?何者なんだッ!?」


「吸血鬼がどうして人間なんかの味方をする!?何故……何故なんだッ!?」

 

 狼狽する吸血鬼たちを見て僕は口角を上げる。

 殺せ、殺せ、殺せ、死ね、死ね、死ね。

 僕の中のものが歓喜の声を、狂気に満ちた声を上げる。僕はその狂気に浸り、支配する。


「食後の運動だ。楽しませてくれよ?」

 

 僕は吸血鬼たちに向かって足を一歩踏み込んだ。

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