第16話

「殺せ、殺せ、殺せ」

 

 聞こえてくる声。


「忘れたのか?あの絶望を。忘れたのか?あの無力感を。忘れたのか?あの怒りを」

 

 それは、間違いなく僕の声であった。


「いつまで塞ぎ込んでいる。いつまで殻に閉じこもっている。いつまで自身の心に蓋をしている?」

 

 光に包まれていた視界が開け、前が見えるようになる。

 僕の前に立っているのは僕。

 周りを見渡せば、血に濡れた戦場であることがわかる。

 おそらく僕が喰らった人間の記憶にある戦場であろう。少なくともここに僕はいなかっただろう。

 僕がここにいれば血など一滴も残らないからね。


「望んでいるはずだ。虐殺を。望んでいるはずだ。蹂躙を。望んでいるはずだ。殺戮を」


 僕の前にいる僕は饒舌に話し続ける。


「人間も、魔物も、アンデッドも。男も、女も、子も、赤ん坊も。全てを己が口に咥え、噛みちぎりたいはずだ。……すべてを変えられる。それだけの力がある。現状に甘んじる必要はない。自分を、自分を苦しみ続ける全てを解き放て!!!」

 

 目の前の僕は僕らしくなく、大きな声で叫んでいる。


「……」


 僕は目の前の僕が話し終えるのを待つ。

 

「……」

 

 目の前の僕は、黙り込んでしまっている。

 

「……え?終わり?」

 

「……うん」

 

 僕の疑問の声に目の前の僕は頷いた。


「は?これって相手の精神力を試す試練だよな?そうだよね?あっているよね?まだ何もしていなくない?なんかこう……相手の精神に働きかける魔法とかは……?」


 一番最初のこの精神力を試す試練で、僕の闇を暴走させられてたほんのちょっとだけ危ないかも……?と思って気をつけていたんだけど?


「ドワーフは吸血鬼じゃないんだよ?……闇魔法なんて使えるわけがないじゃないか……あくまでその本人の最もトラウマとなっている風景を作り出し、もうひとりの自分を作り出して、トラウマを抉るような言葉を告げるんだよ……」


「え、なにそれしょぼ……」


「それな……」

 

 僕の言葉に目の前の僕も同意する。


「どう考えてもこんなんじゃ僕を傷つけられないよね?」


「うん。それでどうやったら僕はここから出られるの?」


「あぁ、それは僕を殺すことだよ。一応自分の心の闇を払うという方法もあるけど、無理でしょ?」


「そうだね。じゃあ、さようならだね」

 

 僕は目の前の僕の首を手刀で切り落とす。

 体が傾き倒れ、首はコロコロと転がっていく。


「……あり、がと……う」


「ん」

 

 もうひとりの僕らしい存在は、光となって消える。

 それと同時に僕の視界も光に覆われた。

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