第33話
「あい。わかった」
あまり広くはない執務室。
そこで机の前で正座していた老人は力強く頷く。
老人の力強い眼光はルトを貫いていた。
「罅隙様の頼みだ。必ずや協力しよう。私ももとより内戦など反対だったのだ。外国人の襲来によってこの国は変わりつつある。そんな中で内輪もめをしている場合ではない」
老人は机の前に置かれていた紙に、筆で文字を書いていく。
「これは儂からの罅隙様への返事じゃ。必ずや届けてくれ」
文字の書かれた紙を折りたたんだ老人はルトにその紙を差し出す。
「はっ」
老人。罅隙の味方をしてくれると罅隙が自信持って言える最後の大名から受け取った書状を懐に入れたルトは立ち上がり、窓から出ていく。
ルトは密偵。
屋敷の門から堂々と入ることは出来ない。だから、わざわざ忍び込んでいるのである。
どの大名も密偵を持っている。その密偵と同じような動きをすればまず見つかることはない。
密偵の動きも、その大名から信頼を得るための情報も罅隙から受け取っていたルトは問題なく任務を終えることが出来た。
後は帰るだけである。
月夜だけが町を照らす夜。
ルトはこっそりと町から抜け、走り出す。皇都京都を目指して。
「……っ。くっ……」
ルトは走る。
内戦が激化している和の国を。
ルトの視線に映るのは死体。
戦いの果てに亡くなり、放置された死体。
戦いの果てに村を焼かれ、住む場所も食事も失い餓死した死体。
その光景はルトの精神を乱す。
ルトには人殺しの経験も、人の死体も見た経験もないような甘ちゃんなのだ。
そんな甘ちゃんにこんなの耐えられない。
ルトは、どの聖女よりも荒事を経験してない。
ルトは、どの聖女よりも修羅場をくぐっていない。
だが、ルトが勇者だ。ルトがリーダーだ。
ルトを常に蝕んでいる。責任が、期待が、無能な自分が。
これはゲームじゃない。
俯瞰的に見ているプレイヤー、気楽にプレイしているプレイヤーとは違い、悩みがある。迷いがある。
そんな簡単に決断なんて下せない。
プレイヤーでない一人の人間として生きるにはあまりも酷だった。
何も知らない。裕福で貧困がない平和な村で生まれ育った一人の少年が背負えるような期待では、責任ではないのだ。
そう簡単に人は変われないのだ。
「終わらせないと……」
だが、ルトは勇者なのだ。
ルトは悩みから目をそらすかのように呟く。
早く内戦を終わらせる。そんな言い訳を口にして、目の前の光景から目をそらし自分の考えから目をそらす。
ルトは走る。走り続ける。逃げ続ける。
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