第32話

 時は御大護天皇の娘、罅隙率いる第三戦力が表舞台に姿を表し台頭してくるより少し前。

 一人の男が凄まじい速度で走っていた。

 身体向上系のスキルに、無属性魔法に属する身体強化魔法の魔法を使い、速さを底上げ。更に様々な道具を使うことでさらなる底上げに成功している。そして、勇者にふさわしい優秀なステータスを持った男はとんでもない速度を出していた。


「後少し」

 

 とんでもない速度で走る男、ルトは小さな声でそう告げる。

 今ルトが目指しているのはとある領地の大名の屋敷。

 罅隙が自信を持って自分の味方をしてくれると言える大名の中で皇都京都から最も遠い位置に領地を構える大名。

 聖女を含めたルトたちは罅隙の頼みで、罅隙の味方をしてくれると罅隙が自信持って言える大名のところに向かい、罅隙の書いた書状を届けるという任務を請け負っていた。

 他の大名のところにはすでに書状を届けている。

 ルトが今から向かう場所が最後の相手だ。


「リリネ……」

 

 道中。

 道すがらルトの脳裏に浮かぶののはあの日。初めて罅隙と出会った日に宿屋を飛び出してしまったリリネの姿だった。


「俺は……」

 

 ルトは未だに悩んでいた。自分が取った行動が正しかったのかどうか。

 人が死ぬ内戦は出来るだけ早く終わったほうが良い。

 そんなこと、ルトは理解している

 ルトはあの日。すぐにリリネが宿屋に戻ってきてくれると思っていた。少し一人で考える時間を設ければ、冷静になれば自分たちの元に戻ってきて、協力してくれる。そんなふうに思っていた。

 だが、リリネは戻ってこなかった。七人の聖女は一人。欠けてしまった。リリネが戻ってこなかった。その事実に対してシーネは苛立ち、精神状態がよろしくないのもちゃんとルトは把握していた。

 だが、それでもルトは動けなかった。何も出来なかった


『あの日……追いかけていれば未来は変わっただろうか。冷静になれば戻ってくるなんて考えず、追うべきだったのだろうか。……いや、違う。本当はわかっている。追わなかったのではなく、追えなかったのだ。……俺は怖かったのだ……。リリネを追うのが。だから俺は……追えなかった。シーネを止めてしまった。リリネと話したくないがために。リリネの悲痛な叫びを聞きたくなかったがために。リリネの人を殺してほしいという願いを聞きたくなかったがために。俺は弱い。どうしようもなく。……なぜ、俺が勇者なんだ……』


 ルトの頭の中はネガティブな考えで埋め尽くされている。

 突然の内戦。人が死ぬ。味方のリリネが敵を殺して、と頼む。

 あぁ、あぁ、あぁ。

 それらはルトに重くのしかかっていた。

 

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