第32話

「……ん?」

 

 僕は後ろから独特な気配を感じ、足を止めて振り返る。


「どうしたの?」

 

 いきなり動きを止めた僕に襲いかかってきたゾンビ共を駆逐したマリアお姉ちゃんが僕に尋ねてくる。


「いや、面白いのが来ると思ってね?……引くよ」

 

 僕は近くにいたマリアお姉ちゃんと少し離れた場所で戦っていた勇者の手を掴み、後方に下がる。


「いきなりなんだ!?」

 

「あそこにいたままだと危険なんだよ。ねぇ、勇者って光魔法使えたよね?」


「ん?まぁ使えるが……勇者ってなんだ?俺の名前はルトだぞ。ちゃんと名前で呼べ」

 

 へぇー、ルトっていうんだ。ゲームだとプレイヤーが自由に名前を決めるから勇者の名前だけ知らなかったんだよね。


「ルトの名前なんてどうでもいい。そんなことより聖の魔力を出して」

 

「え?なんで?」


「いいから」


「まぁ、わかった」

 

 ルトがほのかな光を発する。

 僕の体調を悪化させるほどではないが、不快感を感じるようになる。

 光魔法は基本的に対アンデッド用の魔法だ。聖の魔力は吸血鬼の持つ汚染能力を無効化する能力があるのだ。

 ヴァンパイアはいるだけで人体に害を与えるからね。

 アンデッド最強の種族の名は伊達じゃない。


「え……?」

 

 血が舞う。

 鮮血が、どす黒い鮮血が踊り、ゾンビ共を元のただの肉塊へと戻す。

 霧が立ち込み始める。

 視界が白く染まり、ひんやりとした風が流れる。

 

 影。

 

 黒い影が姿を現しゆっくりと近づいてくる。


「なに、あれ?」

 

 旋風。

 真紅の風が吹き荒れ、霧が晴れる。

 そこに立っていたのは一人の平凡な男。

 口元の白い牙がキラリと輝く。

 

「吸血鬼。レッサーヴァンパイアだよ」

 

「「レッサーヴァンパイア!?」」

 

 マリアお姉ちゃんとルトが驚愕に満ちた声を上げる。

 ……それにしても登場の仕方かっこよくないか?何?あの普通の霧。吸血鬼にそんな能力ないぞ!水魔法で霧を再現するな!吸血鬼なら血の霧を作れ!

 ただのレッサーには無理だろうけど。


「やばい!逃げるぞ!」


「え?なんで?」

 

 僕は慌てて逃げ出そうとする二人を見て首を傾げる。


「なんでって相手はレッサーヴァンパイアだ!俺らの勝てる相手じゃない!」


「そうよ!流石に無理よ!」


「そんなことないさ」


 僕は笑みを浮かべて剣を振る。

 

「……!バカ野郎!勇気と蛮勇は違うんだぞ!」


「そうだよ!」


「ふふふ、ねぇ。マリアお姉ちゃん。僕を守ってくれるんじゃないの?」


 歩く。

 レッサーヴァンパイアの方に向かって歩を進める。


「ふっ」


「……っ!……わかったわ。やってやるわよ、やってやるわ!カッコいいところを見せてあげるんだから!


「じゃあ二人きりで頑張ろか?」


「えぇ!ルト!申し訳ないんだけ」


「待て!」 

 

 ルトがマリアお姉ちゃんの言葉を遮り叫ぶ。


「このまま二人をおいていけるか。どうせやるなら三人全員でだ。俺らの力を見せつけるぞ」

 

 勇者らしく力強い言葉とともに剣を構える。

 ふふふ、ちょろいなぁ。

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