第5話

 学校までの登校路は平坦で灰色で何もない。

 しかしそれを確認したのは本当に久しぶりだった。

 彼女がいない朝なんてなかったから。

 寝坊だろうか。それとも風邪?

 下駄箱に靴を入れながら考える。色々と推測はできても、クラスの違う僕には確かめようがない。

 教室に入って、自分の席につく。

 いつも通りのはずなのに何か物足りない気持ちになる。

 調子が狂うな。

 輪郭のはっきりしない何かを抱えたまま、始業のチャイムが鳴った。



***



「おい唐沢、おまえ大丈夫か?」

「え?」

 午前の授業を終え、昼休憩も半分を過ぎた頃、隣の席の男子に声をかけられた。その表情は口調と同じくやけに心配そうだ。

「そりゃショックだよな。おまえら仲良さそうだったし」

「え、ちょっと待って。何のこと」

「ん? 朝比奈の転校で落ち込んでんじゃねえの?」

 その言葉に、僕は耳を疑った。

「え、転校? なんで」

「あれ聞いてねえの? あんなに仲良さそうだったのに」

「……いや、なにも」

「あいつ前から一人暮らしだったんだけど、今日家族のとこに戻るんだってさ。どこ行くかは知らねえけど結構遠いとこっぽい」

 彼は朝比奈さんの事情を事細かに説明してくれた。けれど、その話はほとんど頭に入ってこなかった。

 一人暮らしだったのかとか、いつから決まってたとか、なんで話してくれなかったとか、そんなことどうでもよかった。


 朝比奈さんが転校する。

 この町からいなくなる。


 その事実だけが頭の中でぐるぐると暴れ回っていた。

 家庭の事情だ。仕方のないことだと思う。

 でも、だからこそ悔しい。僕の力ではどうすることもできないのが悔しい。

 何でこんなことするんだよ、神様。

「いや、まあでも唐沢が気付けなかったのも無理ねえよ」

 言葉を失った僕に、彼は気遣うように優しい声を出す。

「だってあいつ――」

 続く彼のセリフを聞いて顔を上げた。

 そして思い出したのは、いつかの彼女の言葉。


『神様のせいにしないで』


 考える前に、教室を飛び出した。

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