第11話 氷の剣士
寒い冬は終わりを告げ、最近は朝も晩も暖かくなってきている。皆にとって過ごしやすい季節の到来だ。
でもギルドの入口の扉が開いた時、終わったはずの冬がまた戻ってきた……。そんな感覚にとらわれてしまったんだ。
扉が開かれると、スッと一人の女性が入ってきた。
透き通った銀色の髪に、青い瞳、背中には身体の大半を覆い隠す程の大剣を背負っている。
年齢は自分より同じか少しくらい上だろうか?
こんな田舎町とは不釣り合いな風貌。立ち振舞いからして明らかに只者ではない。彼女の異様なまでの存在感がギルド内の空気を一変させ、支配していく……。
ここにいる全ての人の目が、その女性に向けられている。
しかし、彼女はそれらの視線を気にすることもなく、受付の方に向かっていった。
「ここがこの町のギルドなのか?」
「はい。この町唯一のギルドになります」
すぐさまリンが応対する。
「あの……。失礼ですが、ソロハンターのフブキさんではないですか?」
「へえ、こんな果ての町にも私の事が伝わってるんだな。そうだよ、私がフブキだ」
その名前を聞いてギルド内がざわつき始める。
ソロハンター、フブキ。
ここ一年くらいだろうか。最近、話題にあがるようになった冒険者の名だ。
世界各地のギルドにふらっと現れては、Aランク級のモンスターを単独で片っ端から討伐している凄腕の冒険者らしい。
そんな人が何故ここに? いつの間にか自分もその女性にくぎ付けになっていた。改めて彼女を見てみる。外見は可愛らしい、年頃の女性という感じだ。本当に彼女にそんな力があるのだろうか?
「私の事を知っているなら話が早いな。この町に高難度の討伐依頼はあるだろうか? Aランク級の討伐、緊急性や危険性があるのであればBランク級でも構わない」
「……わかりました。今から探してみますね」
そう言ってリンは奥の方へ引っ込んでいった。
彼女が一人になりギルド内は静まりかえった。だが、皆の視線は相変わらずその女性冒険者に向けられている。
「これはこれは、最近話題の冒険者様じゃないですか」
静寂を破って彼女に話しかけたのはクルトだった。
「お会いできて光栄です。でもね、ここは新人向けの町ですよ。周りには雑魚しかいない。あなたの求めるようなモンスターはいないと思いますがね」
「別にそれでもいいんだ。それならば観光でもして他の町に移るだけさ」
「そうかい。ここは平和だけが取り柄の町なんだ。ゆっくり観光でもしていって下さいよ!」
相変わらずあいつは嫌味ったらしい奴だ。
「何言ってんの! 依頼ならちゃんとあるわよ、クルト」
そう言いながらリンが奥から書類と地図を持って戻ってきた。
「フブキさん、この町から北に暫く行くとリニアム高原という場所があります。そしてそこの高原にBランク級のモンスターがいくつか生息しているという報告があるんです」
「……危険性があるのか?」
「いいえ。町からは遠く離れているので、今のところ被害は何もありません。ただ、もし高原の方からモンスターが町に降りてくるようなことがあれば、今町にいる冒険者では誰も太刀打ちできないでしょう。調査も兼ねて依頼を受けてもらえないでしょうか?」
「なるほどね。……わかった。その依頼受けよう」
彼女はあっさりと快諾した。余程自分の腕に自信があるのだろう。
「さすがですね。迷いもしない」
懲りずにまたクルトが話しかけている。
「でも困るんですよね、そうやって勝手に他所の縄張りを荒らされるのは。あなたがやっている事は、他の冒険者の成長する機会を奪っているだけじゃないですか?」
「そうなのか……」
「ああ、実際に俺が迷惑してるんだ。高原のモンスターだってなあ、もう少し実力がつけば俺が討伐にいくつもりだったんだからな!」
クルトの挑発でギルド内に緊張が走る。フブキは黙って聞いていた。
少しして、ふっと微笑む。
「何を言い出すのかと思ったら……。くだらんな。聞く価値もない言い分だ」
「何だと!」
「実力がつけばと言っていたが、いつその実力はつくんだ? それまでモンスターは待ってくれるのか?」
「そっ、それはだな……」
「私が今日ここに現れるまでに、お前はその実力とやらをつけることはできなかったんだ。それが答えだよ」
「くそっ!」
言い負かされたクルトは不機嫌そうにその場から離れていった。
「すまない。話しの途中だったな、依頼の件くわしく聞かせてくれ」
改めてフブキはリンから依頼の説明を受けている。ある程度説明を受けた後、フブキはリンに尋ねた。
「そういえば食堂があるようだが、ここで食事もできるのだろうか?」
「ええ、料金さえ支払ってもらえるのなら用意できますよ」
「それは助かる。ではお願いしよう」
「わかりました。食事の準備をするので適当に席に座っておいて下さい」
リンとの話しが終わると、フブキは食堂の方に入ってきた。
彼女は辺りを見渡しながら歩いている。
席はあちこちに空いていたのだが、なぜか自分の席の向かいにやって来た。
「ここに座ってもいいかな? 一人で食事するのも味気ないしな」
「……もちろんいいですよ。どうぞ」
思いもよらず彼女と向かいあって座ることになった。程なくして、リンが料理を持ってやってきた。よっぽどお腹がすいていたのだろうか? 暫く彼女は夢中になって料理を食べていた。表情から察するに、リンの料理に満足しているようだ。
この人が噂の凄腕の冒険者なのだろうか?
こうして見ると、本当に普通の女性が食事を楽しんでいる様にしか見えない。
「……君も冒険者なのか?」
唐突にフブキが尋ねてきた。
「ええ、そうです。この町の出身ではないですけど、五年程ここで冒険者をやっています」
「五年か、長いな。ここは初心者向けの町なんだろう? 君は他の町に移ったりはしないのか?」
「……残念ながら大きな町の依頼を受けられる程の実力は自分にはありませんから」
「……そうか」
彼女は頷いてまた食事を続ける。
「気にいらないな」
「えっ?」
話しかけられたような気がして、つい彼女の方を向いてしまった。食事は綺麗に平らげられ、彼女の目は俺をしっかりと見据えている。
「君のその眼だよ。なんだか悟ったような、色々な事を諦めてしまったような、そんな感じがするなぁ」
「……そうですかね?」
「君はまだ若いんだろ? 失敗しても、またチャレンジすればいいじゃないか」
どういうつもりなんだ? そんなこと沢山の人達に言われてきたんだ。今さらすぎて何も響きはしない。
でも、なぜだろう? 彼女にはなんだか全て見透かされているような感じがする。
彼女の言葉に自分の心がざわつき始めていた。
「……あなたに俺の気持ちなんかわからないですよ。あなたは強い力を持っている人だからそんな事が言えるんです。力を持たない人間は、与えられた場所で必死に生きていくしかないんですよ」
酔いが回っているせいか自分の心がうまく制御できない。いつもは冷静に受け流せるような事なのに、つい感情的になって反論してしまった。
「確かに私は産まれた集落で一番の力を持っていたな。だが、私より弱くても志の高いやつらは沢山いたぞ。いつか魔王を倒してやるって皆で叫んでいたものさ」
なんで彼女は自分にこんな話をしてくるのだろう。居心地が悪い。早くこの場から立ち去ってしまいたい。
「なあ、君は自分に力がないことを嘆いているのだろう? では、もし力があったとしたら、君はどういうふうにその力を使いたいんだ?」
(俺に力があったら? 俺は……)
「こいつにそんな話をしても無駄だよ」
考え込んでいたら、クルトがまたもや会話に割って入ってきた。
「……またお前か、もうお前と話すことなんてないぞ」
フブキはしつこく絡んでくるクルトにうんざりとしている。
「まあそんなこと言うなよ。あんたに一つアドバイスをしてやろうと思ってな」
「アドバイス? ……一応聞こうか」
「依頼で高原の方に行くんだろ? ならば止めといたほうがいい。あそこは道が複雑に入り組んでいて、初めて行く奴なんか高原にたどり着く事さえ難しいだろうよ」
「そうなのか?」
クルトには目もくれず俺の方を向いて質問してくる。
「そうですね。ここから歩いて三日はかかるでしょうか。確かに高原までの道は迷路のようになっている所があります。長くこの町にいる人間ならば、案内できると思いますが……」
「そうか、それは困ったな」
そう言う彼女にクルトが提案した。
「困ってるなら依頼が完了するまで俺がお前の仲間になってやろうか? 高原までの道案内はできるし、実力もそれなりにあるんだぜ」
「ふーん、急に親切になったな。なにか裏があるんだろ。目的はなんだ?」
待ってましたと言わんばかりにクルトがニヤリと笑った。
「まず今までの俺への非礼を詫びてもらおうか。そして、討伐の報酬の七割を俺がもらう、最後に討伐の実績は俺が討伐したことにしてもらおう。これでどうだ?」
「ふっ……、クズの考えそうなことだな。楽して金と実績を得ようということか」
「条件が飲めないのならこの話は無しだ! 断ればいいさ。果たして一人で高原までたどり着けるかな?」
フブキは考えこんでいる。それもそうだろう。あんなふざけた条件など飲めるわけがない。ただ、案内も無しに目的地にたどり着くのは困難だ。どうしたものか……。
「お断りするよ。お前みたいな奴に背中は預けられない。いきなり謝罪や報酬を求めてくるような奴を、私は仲間だとは思いたくないからな」
「そうかい! じゃあ勝手にしな!」
クルトはそう吐き捨て立ち去ろうとした。
「待てよ。要は、お前じゃない誰かに頼めばいいんだろう?」
フブキはおもむろに席から立ち上がった。そして大声で叫んだ。
「聞いてくれ! 高原への討伐に同行してくれる奴はいないか? 年齢や性別、能力は問わない。私が求めるのは、互いに信頼して命を預けられるかどうか。それだけだ!」
思いもよらない展開にギルド内が騒然とする。
「私は今よりもっと力をつけ、いずれは魔王の討伐に向かいたいと思っている。もし、私と同じ気持ちの奴がいれば是非手を挙げて欲しい」
ギルド内は静まり返った。手を挙げるものなど誰もいやしない。
「君は……どうなんだ? 私は君にも聞いているんだぞ」
フブキは俺の方を見つめている。
「……ここは始まりの町。新人冒険者が集まる所ですよ。魔王討伐なんて急に言われても、正直実感がわきません」
「さっきも言ったが、君の実力を聞いているんじゃない。君はどうしたいのか。君の本当の気持ちを聞きたいんだ。そういえば、さっきの質問にも答えてくれてなかったな」
「さっきの質問?」
「改めてもう一度聞くよ。もし君に力があったら、その力を何に使いたいんだ?」
「………」
辺りは静まりかえっている。暫く沈黙の時間が流れる。
「『もし』なんて話を俺はしたくありません……。今を生きていくので精一杯なんです」
その瞬間。
パンッと音がした。
気がつけばフブキに左の頬を叩かれていた。
「いい加減にしろ! いつまで自分の気持ちに蓋をしているんだ。私はお前の本心を聞かせろと言ってるんだ!」
痛みはなかった。しかし込み上げてくる自分の感情をもう抑えることはできなかった。
「なんなんだよ、あんた! 俺だって今まで必死に生きてきたんだ。五年、十年努力しても報われなかったんだよ。もう自分のことを諦めたっていいだろう?」
フブキは黙って聞いている。
「ここでやっと自分の居場所を見つけたんだ。この町を出れもしない俺が魔王を討伐する夢なんて見ていいわけないじゃないか?」
すると、またパンッと音がした。
次は右の頬を叩かれた。
「できる、できないは聞いていない。やりたいのか、やりたくないのか? どっちだ!」
心の中でもう一人の自分が語りかけてくる。
(やめるんだ! 俺の本心を言うんじゃない。今までみたいに気持ちを押し殺して、ここで生きていくべきなんだ!)
わかってる。そっちの方がきっと楽なんだ。だが真っ直ぐな瞳で見つめている彼女を前に、もうこれ以上自分に嘘をつくことはできなかった。
「俺だって力が欲しいさ! そして、その力で魔王を倒すんだ。魔王に苦しめられている人達を皆救ってあげたい」
フブキは真剣な表情で聞いている。
「子供の頃からずっと夢みていたんだ。いつか魔王を倒して世界中を平和にする夢を、だから冒険者になった。俺はこの夢だけは諦めたくない。役立たずでボロボロになっても、色んな奴に馬鹿にされても、この夢を諦めない限り俺は冒険者であり続けたいんだ!」
ずっと心に秘めていた自分の想いをさらけ出してしまった。辺りは静まり返っている。
「ははっ! なんの冗談だよ」
笑いながらクルトが近付いてくる。
「だからいつまでも冒険者の肩書きにしがみついていたのか? 笑っちゃうね。Dランク級も満足に倒せない奴が、いつまで夢をみてるんだか」
そう言ってクルトは大声で笑いだした。つられて周りからも冷めた笑いが起き始めている。
くそっ! こうなることはわかっていただろ。こんな所、早く出て行こう。俺は下を向いてギルドの入口に向かって歩き出した。
「……お前、うるさいんだよ!」
彼女の声と同時にバキッと鈍い音がした。その音と共にクルトが宙を舞い、食堂の奥の方まで吹っ飛んでいった。
一瞬の出来事だった。フブキに思い切り殴られてクルトは完全にのびてしまっている。
「こいつは私に心の声を聞かせてくれたんだ。そんな奴を、何もしていない他人が笑うな」
突然のことで状況が整理できない。
全員呆気にとられていると彼女は俺の方を見て語りかけてきた。
「二日後、私は討伐に向けて町を出発する。さっきの君の言葉が嘘ではないのなら、私には君の助けが必要だ。是非一緒に旅をして欲しい! 良い返事を期待している……」
そう言って彼女はギルドを出ていった。
皆まだ呆気にとられている。
俺も動くことができなかった。
このギルドに急に現れた女性冒険者は、正に冬に吹き荒れる嵐のような人物だった……
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