第10話 出会い

 体中が痛む。さっきの戦いで俺も思った以上にダメージを受けていたようだ。

 仲間の回復に精一杯で、自分の事などすっかり忘れていた。


(こんなに頑張っても、結局役立たずって言われちゃうんだな……)


 五回までという引率の制限は、実は自分の為にあった。五回くらいまでなら他の冒険者のレベルが上がってきても、迷惑をかけずに戦えるとからだ。

 このルールは初級魔法しか使えない自分がギルドマスターと一緒に考えた苦肉の策だったのだ。


 でも今回の戦いで改めて思い知らされた。

 冒険者としての俺の成長はもう無いのだと。

 この町を離れて生きていくことなどできないのだと……。



 さて、このままヘコんでいてもしょうがないよな。とりあえず報告に行こう。

 自分自身に回復魔法をかけてギルドへ向かった。

 ギルドに到着して入口の扉を開けると受付にいたリンが心配そうに駆け寄ってくる。


「トウマさん! 大丈夫でしたか?」


「……ああ、なんとかね」


「ハヤテ達に聞きましたよ。あの人達、勝手に追加の討伐をしたらしいですね。大変だったでしょう! 今度会ったら、きつく注意しておきますから!」


「いやいいんだ。俺も納得したうえで戦ったんだ。あんまり怒らないでやってくれ」


「そうですか……。とにかく無事で良かったです。食事の用意もできてますよ。どうしますか?」


「じゃあ頂くよ。着替えてからまた来る」


 そう言って二階の部屋に戻った。


 

 ここはデイカフの町にある唯一のギルドだ。毎日沢山の冒険者がここに集まる。

 受付の横には食堂が併設されており、料金を支払えば誰でも食事をすることができる。

 マスターもリンも料理が上手だ。味も量も満足いくものを提供してくれる。自分も毎日ここでお世話になっている。


 

 このギルドでは一つだけ守らなければいけないルールがある。

 それは『食事は食堂で食べること』だ。

 リンが決めたルールらしい。

 引率が上手くいかなかったこんな日は、自分の部屋で誰にも会わずに静かに食事をしたいのだが、そういうわけにもいかない。着替えを済ませると仕方なく食堂へと向かった。



 食堂に入ると、いつも自分が座る席にすでに食事が用意されてあった。食堂に入ってすぐ右に曲がって少し進んだ先にある席。ここが自分のお気に入りの場所だ。

 ここなら入口も受付も、食堂の奥も全て見渡せる。大体ここには自分が座っている。


 

 席について用意されていたリンの料理を頂く。

 ……美味しい。いつものリンの味だ。疲れた心と身体に染み渡っていくようだ。


 

 しばらく料理を堪能していると、今一番聞きたくない奴の声が奥の方から聞こえてきた。


「おっ、トウマじゃないか!」


 冒険者のクルトだ。クルトはここの出身で町一番の実力者だ。五年前に冒険者登録をした、いわば同期だ。

 以前は何度か一緒に依頼をこなしたりもしていたが、メキメキと頭角を表し、今では他の町の依頼も精力的に受けているようだ。

 パーティーからの信頼も厚く、面倒見もいい冒険者らしい。


 でもなぜか俺には当たりがキツイ。

 会えば嫌みを言ってくる苦手な奴だ。


「聞いたぜ。お前、またパーティーに迷惑かけたんだってな」


 嫌味な笑みを浮かべながら近付いてきた。


「ああ……。Dランクの敵が二体も現れたんだ、不測の事態さ。仕方ないだろう」


 早く何処かへ行ってくれないだろうか。こいつさえいなければ、ここは自分にとって本当に居心地のいい町なのに。


「なあ、もういいんじゃないか?」


「……何がだ?」


「Dランク級に歯が立たなかったんだろ。もう冒険者は辞めたほうがいいって事だよ!」


 やっぱりきた。大体こいつは会えば俺にこんな事ばかり言ってくる。


「すまないが、これでも俺の引率を頼りにしてくれる人は沢山いるんだ。確かに失敗はしたが、お前に文句を言われる筋合いはないね」


「確かにそうかもしれないな。トウマがいいのならそれでもいいさ。でもな、俺が言いたいのは、この町から出れもしない奴がいつまで冒険者を名乗ってんだって事だよ!」


「そ、それは……」


 クルトの厳しい指摘に言葉が詰まる。


「引率の仕事がやりたいならやればいいじゃないか、でも自分の事を冒険者って名乗るのはもう辞めな。辞めてこの町の一般の住民になってよぉ、ここにいるリンあたりとくっつけば一生安泰じゃないか」


 クルトは俺を小馬鹿にしたような調子で笑っている。


「そ、それでも俺は……」


「ん? 何か言ったか? 俺は……、何なんだ? 続きを言ってみろよ」


 クルトが厳しく詰め寄ってくる。



「はいはい、食事の邪魔しないの!」


 困っている俺を見かねてリンが間に割って入ってきてくれた。


「トウマは疲れてるんだから、あんたみたいな人がいたら身体が休まらないでしょ。早くどっかに行って!」


 邪魔だと言わんばかりにぐいっとクルトの背中を押しのける。


「……たくよぉ、俺はこいつに現実を教えてやってんだ。リンはトウマに甘すぎんだよ」


 クルトはぶつぶつ言いながら自分の席に戻って行った。ようやく解放された。リンのおかげだ。


「あいつ本当にイヤな奴よね。なんでいつもトウマに突っかかってくるんだろ? あんな奴の言うことなんか気にしないでいいからね」


 リンはそう言うと一杯のぶどう酒を俺の机に置いた。


「……リン、これは?」


「今日頑張ってくれたでしょ。私からのおごり。これでも飲んで元気だして」


 ……有難い。リンの優しさに荒んだ心が癒されていくようだ。本当に彼女はいい娘だ。こうやって落ち込んでいる時はいつも励ましてくれる。


「ありがとう! じゃあお言葉に甘えて頂くよ」


 あまりお酒は好きじゃない。でも、なんだか今日は飲みたい気分だ。

 グラスを持ち上げて勢いよく半分くらい飲み干す。


(うーん……。味はやっぱり好みじゃないな)


 一気にアルコールを流し込んで、少し酔いが回ってきたのか頭がボーっとする。今日はいろんな事がありすぎた。じっとしていると、つい後ろ向きな事ばかり考えてしまう。でも、なんだかどうでもよくなってきた。


(たまにはこうやって、お酒の力を借りるのも悪くないかもな)


 そう思いながら残りの半分も飲み干す。


 

 そろそろ部屋に戻って休もう。明日も仕事が入ってる。こんな俺でも頼りにしてくれる人はいるんだ。切り替えて、また明日から頑張ろう。



 そうして食事を終えようとした時、ギルドの入口の扉が静かに開かれるのだった。






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