第9話 役立たず
デイカフの町で冒険者になって五年、引率の仕事を始めてから三年が経つ。
この仕事を三年も続けていると、引率する冒険者との間にあるパターンが出来上がってくる。
いわゆる『引率あるある』というやつだ。
少し紹介しよう。
引率一回、二回目の冒険者は余裕がなく、自分自身の事で精一杯だ。
三回、四回目くらいになると、少し余裕が生まれて周りのことを見れるようになる。そして俺のスキルや能力の希少さに気付くようになる。
この前のカイル達のように、俺をパーティーに勧誘してくるのも、引率三回目の時が多い。
そして引率が五回目を過ぎると……。
……おっといけない。こうも退屈だと、くだらない事を考えてしまいがちだ。
今日は午後からの討伐に参加するはずなのだが、予定の時間になっても冒険者の姿が見えない。あいつら何処にいるんだ?
「トウマー。悪い、遅くなった」
遠くの方から声が聞こえる。
今回のリーダーのハヤテだ。他の仲間達も駆け足でこっちに向かって来ている。予定よりだいぶ遅れてパーティーが集合した。
「いやー悪い。こいつが夜なかなか眠らせてくれなくてさ」
「何言ってんの! あんたがいつまでもくっついていたんでしょう」
到着するなり、ハヤテと恋人で仲間のエミリアは互いにじゃれあっている。
「わかったわかった、もういいよ。予定より遅れてるんだ、早く出発しないと暗くなってしまうぞ!」
挨拶も早々に、目的地へと出発した。
今回の討伐は町から南の方にある洞窟に向かう。途中にある森を抜け、さらに南方に向かって進むと洞窟の入口を見つけた。
「ここだな……さっさと行って終わらせますか!」
ハヤテがそう言って先陣をきった。
今回のパーティーは、前衛に剣士ハヤテ、斧戦士のゴウロー。後衛にエミリアと自分、という布陣だ。
このパーティーを引率するのも今回で五回目になる。
華麗な剣技で敵を切り裂くハヤテ
巨大な斧で叩き潰すゴウロー
火と雷の魔法を扱うエミリア
性格に難がある奴らだが、ハヤテ達それぞれの個の能力は非常に高い。
洞窟内で出くわすモンスターも、ハヤテとゴウローの二人で次々と斬り倒していく。
彼らのおかげで、後衛はまともに戦うこともなく洞窟の奥まで進んでいけた。そして暫く進むと討伐対象のモンスターを発見した。
対象のモンスターはEランク級の中でも上位に位置する敵だ。実力があるといっても、さすがに気は抜けない。
ハヤテ達は守ることを知らない、攻撃が大好きで火力こそが正義と思っている、ガチガチの脳筋パーティーだ。
でも実は、こういうパーティーの方が俺の立ち回りは楽だったりする。自分は補助と回復にだけ専念しておけばいいからだ。
後衛で補助魔法をかけながら戦況を見守る。
戦闘は常にこちらが優位な状況で進んでいき、ハヤテとゴウローが強烈な斬撃で弱らせ、最後はエミリアの強力な炎魔法でモンスターを焼き尽くした。
見事な連携だった。特に最後に放ったエミリアの炎魔法なんて、ここらじゃお目にかかれないレベルの中位の魔法だった。
(こいつらは、もうこんなに成長してるんだな……出会った時とは比べ物にならない)
目の前の三人の強さと成長スピードには嫉妬してしまいそうになる。
「トウマ、楽勝だったな!」
「見事だよ。どうやら俺は必要なかったみたいだな」
「そんな事ないさ、お前がいるから俺らは好き勝手できるんだ。今からでも俺らのパーティーに入ってくれてもいいんだぜ」
ハヤテ達も例の如く三回目の引率の時に俺を口説いてきた。
もちろん前回も今回も丁重にお断りしたが……。
討伐も無事終了し、皆で帰路につく。
道中、たわいもない話しをしながら洞窟を抜け、森の中に入った。
(今日は仕事が早く片付いたし、部屋でゆっくり休めそうだな)
そんな事を考えていると、森の真ん中辺りまで来た所で、ハヤテが急に足を止めた。
「静かに!」
そう言って前方を指差した。ハヤテの指示に従い皆で身を潜めて確認する……。
『イビルホーン』だ。
ここら辺には生息していないはずの魔獣だ。群れからはぐれたのだろうか。あたりをきょろきょろと見渡しながら歩いている。
こいつはDランクに位置する強敵だ。頭部にある二本の角を使った攻撃や突進をくらえば新人冒険者はひとたまりもないだろう。
「トウマ、どうする?」
敵に気取られないようハヤテが小声で尋ねる。
「目的のモンスターはすでに討伐しているんだ。ここはあまり無理をしたくない所だが」
「でもよー、町に戻った後で結局こいつの討伐依頼が出る可能性もあるよな。なら、ついでに倒しておいた方がいいんじゃないか? 俺らならいけるだろ?」
確かに一理ある。そしてハヤテ達は戦う気満々だ。武器を構え今にも飛びかかろうとしている。
「……わかったよ。やるか」
悩んだあげくに了承した。
経験の浅い冒険者なら、まず却下しただろう。皆が余力を残していたこと、ハヤテ達の実力なら討伐できるだろうとふんで、戦うことを決めた。
「でも約束してくれ、決して無理はしないと。危なくなったら全員退却するからな」
「わかってるよ!」
そう言うや否や、ハヤテとゴウローは敵めがけて飛び出していった。エミリアは既に魔法の詠唱を始めている。
こうして戦闘が始まった。
まずはじめにエミリアの炎魔法が直撃した。不意を突かれた敵は悲鳴をあげながら吹き飛び、その後をすかさずハヤテとゴウローが斬りかかっていく。
かなりのダメージを与えたはずだが、さすがにDランク級のモンスターだ、簡単には倒れてくれない。その後も四人の連携が決まり、確実にダメージを重ねていった。
戦闘も終盤にさしかかり、目の前の敵は今にも倒れそうな様子だ。ふらふらとした足取りで、森の茂みの中に逃げ込もうしている。
(何かおかしい……上手くいきすぎているような。)
Dランク級のモンスターがこんなに簡単に倒せるものなのか? それにあの巨体で、今さら茂みに隠れてどうするというのだ。
今までの経験が、様々な可能性を頭の中に浮かびあがらせてくる。
「これで終いだ! 俺がとどめをさしてやるぜ!」
考えがまとまらない内に、ゴウローが逃げ隠れようとする敵を追撃していた。
(これは、もしかすると……)
ある考えが脳裏に浮かぶ。
「追うな! 罠だ!」
「ガシャッ!!!」
叫んだが遅かった。物体と物体が激しくぶつかりあったような衝撃音。それと同時に何かが潰れるような鈍い音。
気づけばゴウローは俺達のいる後衛の所まで吹き飛ばされていた。
茂みの中に、もう一体のイビルホーンが潜んでいたのだ。茂みの中からの急な突進攻撃。経験の浅い冒険者がかわせるはずもなかった。
敵はこれを狙っていたんだ。双子のイビルホーン。こいつらは二体で連携して狩りをしているんだ。
これはまずい。
急いで吹き飛んだゴウローの様子を確認する。
……酷い状態だ。敵の突進は鎧の装甲を突き破り、脇腹の辺りからはドクドクと血が流れている。また、衝撃で内臓も傷ついたのか、口からも血を吐いて苦しんでいる。
すかさずヒールの魔法をかけて治療する。
……なんとか流血は止まったが意識はまだ戻らない。
一気に絶望的な状況になってしまった。残る三人でDランクのモンスターを二体同時に相手をしなければならなくなった。
もし、これ以上判断を間違えたら最悪全滅もありうる……
「どうだ? 具合は!」
ハヤテは二体の攻撃を必死に捌きながら聞いてきた。
「すまない! 時間を稼いでくれ! もう少し回復には時間がかかる」
イビルホーンはエミリアの魔法を警戒しているようだ、彼女が詠唱をしようとすると攻撃してきて邪魔をする。それをハヤテが何とか捌いているという状況だ。
少し間を置いて、ようやく魔法が使えるようになった。すかさず二度目のヒールをかける。こんな時にまで魔法を連発できないなんて、自分の魔法のクールタイムが本当に腹立たしい。
「う、うぅ……」
なんとかゴウローは意識を取り戻したようだ。しかし、まだ傷が深く動けるような状況ではない。
また少し間を置いて三回目のヒールをかける。
「トウマ。この状況わかってるだろ! 早く俺を前線に復帰させろ! 急いで回復できないのか!」
焦りからか、いつも寡黙で冷静なゴウローも苛立ちを隠せないようだ。
「すまない……これが精一杯なんだ」
「くそっ! もう待ってられん」
業を煮やしたゴウローは俺の道具袋から高級ポーションを奪い取り、勢いよく飲み干した。
そしてよろめきながら前線へと走っていった。
ゴウローが復帰したおかげで前線が維持できるようになってきた。二人が敵の攻撃を抑えてくれている。なんとか後衛で敵にダメージを与えなければならない。
「トウマ、二人で魔法を撃つわよ。あなたは弱ってる方を攻撃してちょうだい!」
エミリアに促され雷魔法を撃ち込む。
……見事に直撃したが敵はあまりダメージを受けていないようだ。足止めにもなっていない。
(なんだよ、俺の魔法ではびくともしないのかよ!)
「トウマ、効いてないわ! もっと威力の強い魔法は撃てないの!」
エミリアが隣で叫んでいる。
「ゴウロー! この状況を打破する。少しの間でいいから一人で時間を稼いでくれ!」
ハヤテはそう言って少し距離をとると、剣を構え力を溜めはじめた。
ゴウローが身体を張ってなんとか耐えてくれている。自分も魔法での攻撃を諦め、矢を放ちながらできるだけ時間を稼ぐ。
「よしっ! 準備完了だ。いくぜ、裂空斬!」
ハヤテが動きだした。敵の目の前で高くジャンプすると、前方にするどく回転しながら敵を斬りつけた。
ハヤテの渾身の一撃が叩き込まれた。手負いのイビルホーンは大きな悲鳴をあげながら地面に崩れ落ちてゆく。
ついに一方の敵を倒すことができたのだ。
間髪入れずにエミリアが魔法を詠唱する。
「最後はこれで決めるわ、サンダーストーム!」
その直後、残りの一体の周りに雷の嵐が巻き起こった。そして、物凄いエネルギーがイビルホーンの姿を飲み込んでいく。
凄い威力だ。これはもう上位レベルの魔法なんじゃないか? エミリアはこんな魔法まで使えるのか……。
無数の雷を受け、残りのイビルホーンは黒焦げになってその場に倒れた。
なんとか勝てた。絶望的な状況をひっくり返すことができたのだ。皆、安堵しその場に座りこむ。
「はは……勝てたぞ、やったな俺たち」
さすがのハヤテも心身共に疲弊しているようだ。
戦闘が終わって、傷の深いゴウローから治療していく。間を置きながら三回程ヒールをかけた。傷も完全に塞がっているようだ。これで大丈夫だろう。
次にハヤテに二回程ヒールをかける。
ハヤテの治療も終わり、最後はエミリアの番だ。エミリアはMPを使いきってしまったのか、ぐったりとした様子で座り込んでいる。
ヒールをかけようとエミリアに近付いた時だった。
「回復なんて要らないわよ!」
手を強く払われ拒否された。彼女の表情は怒気を帯びているようだ。
「あなた、どういうつもり! 回復も遅いし、魔法の攻撃だって全然だし」
「すまない、しかし俺も全力で戦ったんだ」
「はっきり言うけどね、あなた全く役に立ってなかったわよ! 色んな属性魔法が使えるのをウリにしてるようだけど、全部中途半端じゃない。なにが引率よ!」
「すまない……」
彼女の言う通りだ。今回の戦闘で俺は全くいいところがなかった。謝ることしかできない。
「おい! やめないか!」
口論に割って入ってきたのはハヤテだった。
「このパーティーのリーダーは俺だ。俺らがトウマを無理に追加の討伐に付き合わせたんだ、その責任は俺達にもあるだろ!」
「……だけど!」
エミリアはまだ文句を言いたそうだったが、ハヤテの言葉に渋々納得した。
それからの帰り道は、誰ひとり話しもせずに無言で帰った。そして町の入口に到着した。
「なんとか帰ってこれたか。今日は大変だったな」
そう言ってハヤテは安堵の表情を浮かべる。
「トウマ、色々あったが今回の戦いで自信がついたよ。ここでやるべき事はもう無いかな。俺らはそろそろ大きな町の方へ移ろうかと思ってる」
「そうだな。お前達は強くなったよ。次のステップに進む時かもしれないな」
「それでさ……。お前を仲間に誘っていた件なんだが、あれ、忘れてくれるか? どうやらトウマと俺らの間には少しばかり力の差ができてしまったみたいだからな」
ハヤテは申し訳なさそうに言った。
「気にするなよ。どっちにしろパーティーに入るつもりはなかったさ。お前達は強い。自信を持って新しい町でも頑張れよ」
そう言ってハヤテ達と別れた。
空を見上げた。
辺りはもう暗くなってきていた。
夕暮れ時の空を眺める。
「今日の俺、ダメダメだったな」
その時、ふと『引率あるある』の事を思い出していた。
……五回目を過ぎると冒険者に追い越されて、俺がお荷物になる。
(笑えねぇ。本当にその通りになったじゃないか)
ため息をつきながら、俺はギルドに帰還するのだった。
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