第8話 引率のルール

 今回は夜間の討伐だ。

 カイルという冒険者がリーダーのパーティーに参加することになった。


 前衛で戦う戦士、中盤に剣と魔法を扱うカイル、後ろに回復役の神官というバランスのとれた編成だ。


 手帳を確認すると、このパーティーを引率するのは今回で三回目と記されている。


 討伐対象はEランク級のモンスターで、カイル達にとって少し格上の敵となりそうだ。

 

 

 カイル達と合流し、共に探索を開始した。

 日が落ちて辺りは暗く、視界が悪くなっている森の中を注意深く探索していると、対象のモンスターをなんとか発見することができた。


「なあカイル。もう戦闘にも慣れてきた頃だろ? 今回は俺からは何も助言はしないよ。お前の指示に従うから指揮をとってみろ」


「わかりました! やってみます」


 カイルの指示に従い、俺は攻撃魔法と弓で戦闘に参加することにした。

 

 はっきりいって、カイル自身の戦闘能力はあまり高くない。剣術も魔法もまだまだ未熟だ。だがこいつは状況判断が速く、戦況を読むのが上手いと感じている。思った通り、無駄のない指示で四人の流れるような連係攻撃が次々と決まっていった……。


 もっと苦戦するかと思ったが、カイルの的確な指示のおかげで苦労することもなく討伐に成功した。


「……ふぅ、無事討伐できましたね。トウマさん」


「上出来だ。文句のつけようがないよ。お前に任せて正解だったな。見事だった」


 お互いに健闘を称えあう。


「……これで討伐完了ですかね。では、これからどうしましょうか? 辺りは結構暗くなってきちゃいましたけど」


 ここは夜の森の奥深く。視界も悪く下手に動き回るのは危険だ。念のため策敵魔法を使ってみたが、辺りに危険なモンスターはいないようだ。


「そうだな……確かに今は動かないほうがいいだろうな。今日はここらで夜営をして、明るくなってから町に戻ろうか」


 カイル達もその提案を了承し、今夜は皆で野宿をすることにした。



 簡単な食事を済ませた後、二人ずつ交代で眠ることにした。先に神官と戦士が仮眠をとって、俺とカイルは焚き火を囲みながら見張りをする事になった。

 カイルと明日の予定を軽く打ち合わせた後、互いに無言のまま焚き火を眺めた。静寂に包まれた森の中で、焚き火だけがパチパチと音を立てていた……。



「やっぱりトウマさんは凄いですよね」


 真夜中の森の静寂を破るように、唐突にカイルが話しかけてきた。


「そうかな?」


「ええ、本当に凄いです。沢山の属性魔法に回復魔法、それに前線で戦うこともできるんですから」


「そんなに強大な敵ではなかったからな。長いこと冒険者をやってたら、皆このくらいにはなれるさ」


 火の具合を見ながら少し謙遜した。


「この前、モンスターの討伐を別の魔導師と組んで行ってみたんですよ」


「後方から攻撃してくれる魔導師タイプの仲間がいれば、カイルのパーティーはもっと安定すると思うよ。いいんじゃないか?」


「ええ、俺もそう思ったんです。でもトウマさんと比べると、戦い易さが全然違ったんですよ。トウマさんは僕の指示の意図を汲んで動いてくれる。今日の戦闘だってトウマさんを軸に組み立てたから、あんなに楽に勝てたんです」


 カイルは俺のことを絶賛している。


(これはまずい流れだな……)

 

 そう思って別の話題に替えようとした。……だが一足遅かった。


「なあトウマさん、お願いがあるんだ!」


 カイルは意を決したような真剣な表情をしている。


「急な話しで悪いんだけど、引率の仕事は終わりにして正式に自分のパーティーに加わってくれませんか? あなたがいてくれたら本当に心強いんだ」


 

 ……やはりこの手の類いの話だったか。目の前の焚き火を見つめながら少しの間沈黙する。さあ、どう応えようか……。


「誘ってくれて嬉しいよカイル。でも申し訳ないが君の気持ちに応えることはできない。俺の引率のルール、ギルドマスターから聞いてるだろう?」


「……どんなパーティーであっても、引率するのは五回までってやつですよね?」


 カイルは残念そうに返事をする。


「そうだ。討伐が上手くいっても、いかなくても。俺の事を気に入っても、そうでなくても、俺が一つのパーティーに同行するのは五回までだ。このルールを曲げるつもりはないんだよ」


 丁寧に断ったつもりだったがそれでもカイルは引き下がらない。


「だからこうやって正式に仲間に入る事をお願いしてるんです! 引率じゃなくて、同じパーティーの仲間として。それならこれからもずっと一緒に旅ができるでしょう!」


「……ごめんな。俺の気持ちは変わらないよ」


 なんとか説得を試みようとするカイルを制するように続けた。


「お前たちはこれからもっと強くなる。今日の戦いで確信したよ。未来のあるお前たちには、一緒に成長していけるような、そんな仲間の方がいいと思うんだ」


 カイルは黙って聞いてくれている。


「残念ながら俺は成長の止まった冒険者なんだ。仲間に加わったとしても、きっと俺の存在が重荷になる時が来る。だからお前達は、別の仲間を見つけて前に進んでくれよ」


 カイルの表情を見るが納得はしていないようだ。そのままお互いに会話がなくなり、沈黙の時間が流れる……。



 そうしていると、先に眠っていた二人が起き出してきた。そろそろ交代の時間だ。

 

 それからはカイルとは会話をすることもなく、お互いに少しの間眠った。

 目を覚ました頃には辺りはすっかり明るくなっていた。もう移動しても大丈夫だろう。



 森を抜け、町へと帰還する。特に危険なこともなく、昼になる頃にはデイカフの町に到着することができた。


「これで今回の討伐は終了だな、皆よく頑張った、お疲れさま」


 町の入口でカイルのパーティーをねぎらう。ここで解散だ。別れを告げて三人と離れた。


「トウマさん!」


 去り際にカイルに呼び止められた。


「次の討伐も引率お願いしますね! それと……、俺、まだあなたのこと諦めてませんから!」


 にこっと無邪気な笑みを浮かべて手を振っている。


 やれやれ。苦笑いしながらカイルに応える。

 やがて三人の姿は見えなくなった。


 

 身体は疲れてあるが、なんだかカイルたちに元気をもらったようだ。いい旅だった。名残惜しいが俺にはやるべき仕事がある。


「さて、今度の予定は……」


 いつもの手帳を開く。次は明日の午後からの討伐が予定に入っているようだ。


(夜間の仕事じゃなくて良かった……。帰って早くベッドで眠りたい)


 そんな事を考えながらギルドへと帰っていくのだった。

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