第2話 英雄アルバース
「ギ、ギギィ……」
目の前の扉が鈍い音を立てながら大きく開かれた。そして、その先の方から鎧を身に纏った男性と、従者らしき人物がこちらに向かって歩いてくる。
扉が開くや否や待合室にいた人々は席を立ち、ざわめき始めた。自分も後方の座っていた席から立ち上がり、いっぱいに背伸びをしてみたが残念ながらその姿を確認する事はできなかった。そういえば今回の立会人は誰なのだろう?
「将軍だ! ア、アルバース将軍がいらっしゃったぞ!」
前方にいる参加者が興奮した様子で声をあげた。その声が響くと部屋の中の喧騒は一層大きなものとなっていった。
「静粛に。静粛に! 皆さん着席しなさい!」
アルバースの従者が大きな声でその場を収めようとしている。辺りを落ち着かせて、騒ぎが鎮まってくると従者は続けた。
「そろそろよろしいかな? それでは定刻になったので、これより黎明の儀式を始める。本日の儀式は、ここに居られるアルバース騎士団長の立ち会いのもと、執り行われることになった。それでは……」
従者がこれからの式の流れを説明し始めた。でも、彼の言葉は僕の耳には一切入って来ない。それもそのはず、今、目の前にはずっと憧れていた人物。アルバース将軍がいらっしゃるのだから。
英雄アルバース
世間でその名を知らない者はいないだろう。
王国騎士団に入団後すぐに頭角を現し、その実力と人気であっという間に騎士団長に就任した。その後も数々の戦果をあげ、今や数ある王国騎士団の中の総団長も兼任されている。正に頂点に君臨しておられる方だ。
褐色の肌に、黒い髪、見つめていると吸い込まれてしまいそうな漆黒の瞳、身長は想像していたより高くはないようだ。
だが身体は腕、胴廻り等が太く引き締まっていて、鎧を纏っていても内に秘めた屈強さを感じられる。
暫くして儀式の説明が終わると、従者に促されて将軍が一歩前に出た。
「皆よく集まってくれた。本日、儀式の立ち会いを務めることになったアルバースだ、よろしく頼む」
低くて落ち着いた感じの声だ。重みのある声色に自然と背筋がピンとなった。
「知っての通り、ここで行われる黎明の儀式と言うのは他とは意味合いが異なる。君達のステータス次第では、城内の仕事に就いてもらったり、騎士団に入団を勧められたりするかもしれない。幸いな事に近年、魔王の活動はあまり活発ではないようだ。だがいつ、どこで侵攻が起こるかは解らない。然るべき時に備えて我々は戦力を揃えておきたいんだ」
将軍は参加者を見渡しながら続けた。
「いずれ君達のような、若く、新しい力が必要になる時が来るだろう。私はここにいる全員が今日の儀式をクリアして、共に働ける事を期待しているよ。では先に祭壇の間で待っているぞ!」
そう言うと、将軍は待合室の先にある祭壇の部屋へと入っていった。
将軍の姿が見えなくなると、従者が参加者の名前を呼び上げた。そして名前を呼ばれた者は、祭壇の部屋の方へと向かっていく……。
ついに黎明の儀式が始まりを迎えたんだ。
儀式が始まってから結構な時間が過ぎていった。沢山いた参加者は一人一人と減って行き、待合室にいる人達も残りわずかになってきている。
「次は……、トウマ。トウマ・フィリスはいるか? 準備ができたら祭壇の部屋へ向かいなさい」
突然名前を呼ばれて心臓が止まってしまうかと思った。この結果で僕の今後が、未来が決まってしまうんだ。覚悟をしていたはずなのに、次第に息づかいは荒くなり、両手は微かに震え始めている。だが、もう後戻りはできない。
「……や、やっと僕の番みたいだね。それじゃあ、行ってくるよ」
ここからは誰の助けも借りず一人で進まなければならない。意を決して席から立ち上がった。
「トウマ! 少しだけ待って?」
「ど、どうしたの? 母さん」
「ごめんなさい。どうしても伝えておきたい事があるの、聞いて頂戴。今日の儀式はあなたにとって重要なものになるでしょう。二人の兄の件で、あなたも思う所があるかもしれないわね。でも、トウマはトウマなの! たとえどんな結果であったとしても私は受け入れるわ、だってあなたは私の大切な息子なんだもの。だから、儀式が終わったら絶対に胸を張って帰ってきてちょうだい!」
「……ありがとう母さん。なんだか少し落ち着いたよ。じゃあ頑張ってくるね!」
僕は笑顔で頷いて祭壇の部屋へと向かって行った……。
辺りを確認しながらゆっくりと祭壇の間に入った。
部屋の中は灯りを抑えてあるのか少し暗めだ。さっきまで居た待合室とは違って、広くもなければ、豪華な装飾品もなく全体的に質素に感じる造りだ。部屋の奥の方に進むと祭壇があり、その祭壇の傍にはアルバース将軍がいた。
「次は……トウマ君だね。こちらへ……」
促されるままに祭壇の方まで歩いて行き、解析の宝珠の前に立った。
「それじゃあ始めようか。なあに、儀式は簡単なものさ。難しい事は考えずに目の前の宝珠に優しく触れてみなさい」
おそるおそる宝珠に触れてみる。はじめは何も変化がないような気がしたが、次第に両手の掌がじんわりと温かくなってくるのを感じた。そして、しばらくすると脳裏にある言葉が響いた。
「【ステータス】のスキルを獲得しました」
僕がはっとすると、将軍が微笑みながら語りかけてきた。
「よし。無事、儀式は終わったようだ。これで君はステータスのスキルが使えるようになっているはずだよ」
よくわからないが儀式は成功したみたいだ。でも気を抜くな。いよいよだ、これからが本番なんだ。
「じゃあ、君のステータスを確認してみようか。さっそくだが、スキルを使ってみてくれないか?」
「わかりました……。ステータス!」
そう唱えると、僕の目の前にウインドウが開かれた。
これがステータスと言うやつなのか? 大きな枠の中に、文字や数字が色々と羅列されて表示されているが、初めての事ばかりでウインドウの見方すら僕には全然わからない。
一方、隣では将軍が熱心に僕のステータス画面を眺めていた。
(……どうなんだろう?)
そのまま暫く沈黙の時間が流れた……。よくわからない状況が続いて不安が増すばかりだ。だが突然
「こ、これは!」
アルバース将軍は驚きの声をあげたのだった……。
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