きつねと餅

千早丸

きつねと餅

 残念ながら「緑のたぬき」って食べたことない。何故かはよくわからないが、原因と言えるならば父親が「赤いきつね」を偏愛していたからだろう。

 父はあまり即席麺を食べない。単身赴任が多く出張先では知らないが、少なくとも家ではあまり食べる方ではなかった。それなのに「赤いきつね」だけは好きで、しかも少々変わった食べ方をしていた。

 父のスタイルは「スープの粉は半分」主義。なんかスープの濃度と塩分と旨味について力説されたが、ほとんど覚えてない。まぁ個人の好みだよね、ものすごく旨味のない結論だけども。

 問題は、家族で他にも変な趣味の人間がいた。誰って……私ですが。

 私の趣味は「お湯はフチまでたっぷり」「待ち時間は3分」。父みたいにスープの粉を半分にするのはメンドイが、薄味で麺固めが好きなんです。

 家族で「赤いきつね」を作った時はさすがに面倒すぎるので時短主義は引っ込めてましたが、父はスープの粉配分を自分で決め、私はお湯たっぷり。他はノーマル一般指示通りに作るから、それぞれの「赤いきつねが」どれか、間違えた時にモメた。

 父も私も、普通に作った「赤いきつね」でも、普通に食べますけども。

 面倒なのは自分達だと、重々承知しております。


 ああ、家族でいろいろモメたなぁ、と実感したのは、一人暮らしを始めた最初の頃。

 社会人になって三十歳になっても独身なら一人暮らししよう、と決めていて、折良く職場の移転に伴ない他県へ引っ越した。予想したほど寂しくはならなく、仕事は忙しくも楽しく、ゲームにもどっぷりハマり、趣味もいろいろ見つけお一人様生活を満喫していた。

 そんな生活で、季節の変わり目、私はいつも通りに風邪を引いた。

 風邪をひき熱を出すのは恒例で、わりと繊細で病弱だったんですよぉ(←大嘘)

 疑惑の真偽はともかく、風邪ひいて、熱出して、一人暮らしで、実感した。

 一人暮らしで体調を崩すのは、これほどまでに、恐ろしい。

 実家であれば、クシャミをすれば「厚着をしろ」気遣われ、体調不良に気付く前に「顔が赤いから熱計りなさい」心配され、寝込んでも「おかゆ食べられる? お茶飲む?」食事の心配はなく、誰かが入れ替わりで「大丈夫?」様子を見に来てくれる。

 でも一人暮らしでは、誰もいない。

 鈍感な私はわりと悪化させないと体調不良に気付かず、いつものことだと病院に行かずに休暇だけもらい、運悪く土日。

 一人暮らしの、誰もいない、ろくに干していない薄く寒い布団にくるまって、回る薄暗い天井を眺めながら、悪化していく体調と、のどの渇きと、誰も傍にいないのが恐ろしかった。

 死ぬような病気ではないのに、苦しいのに、寂しいのに、たった自分一人なのだという実感は、切実に怖かった。


 なんとか起き上がれるようになり、でも出かける元気はとてもなく、米を炊くのも面倒だった棚に辛うじてあったのは「赤いきつね」だった。

 引っ越しを手伝ってくれた父が「非常食は置いておけ」と、いくつか買い置きしてくれて、忘れてたヤツ。賞味期限は、とも思ったが、数年も経ったわけじゃなし、と確認もせずに封を破る。

 いつ水交換したか考えないようにポットのお湯を入れ、少しの間でウトウトしていたので5分は確実に過ぎたであろうやわらかい麺をすすり、思い出す。

 体調を崩した時、家族は「赤いきつね」に餅を一つ入れ、ちからうどんにしてくれた。

 湯量は普通。スープの粉を全部入れ、待ち時間も5分。味も濃く麺も柔らかく、でも餅を入れるので湯が多くては溢れるし、どうせ熱で味覚はバカになってるし、病み上がりではさすがに堅麺はつらい。それなのに餅は食う。食い意地汚いもほどがある。

 熱めのスープに沈んだ餅が柔らかく、出汁をたっぷり吸ったお揚げが美味くて、5分の面はやわらかくても、存在は主張していた。

 同じカップ麺、味に違いなどなかろうに、実家で食べたあの「赤いきつね」は美味かったなぁ、と、冷め始めたスープに時間が経ちすぎた麺をすすりながら、決心する。

 動けるようになったらちゃんと風邪薬を買いに行って常備しておこう。そしてアツアツお湯のためにケトル買おう。

 そんで、風邪を引かない努力をしよう!

 ひとまず腹が満足したので、また布団へ横になる。月曜には出勤しなくちゃならず、早く草原と風の夢を見たい。それが体調回復の知らせ。


 んで結局。

 仕事帰りの薬局で買ったのは、保存用の「赤いきつね」と、安売りの切り餅。

 ま、一人暮らしなんて、こんなモンだ。




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きつねと餅 千早丸 @nazo-c01

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