第9話 光麟会
男は古から家に代々伝わる書物を手にしていた。
男は興奮と期待に満ち溢れ、書を持つ手の震えを抑える事が出来ずにいた。
私の代でその時は来たのだ!
先代が急逝して一年余り。先代と共にこの時を迎えたかったのは山々だが、
この男にもそれなりの野望は存在していた。
先々代から発足した我が光麟会。
光麟会の源流は遥か昔の室町あたりまで遡ると言い伝えられてきたが、
その光麟会の教祖は代々、世襲制であり
遅かれ早かれ自身が教祖になるのは約束されていた。
男は長男ではなく次男であるが、世襲に纏わる骨肉の争いは
この家系には存在しないといっていい。
それは太古から現在の一族の争いを回避する教えが強固に受け継がれてきた
賜物に過ぎない。家族間の争いは軋轢を生み、闘争、衰退、
存亡そのものをも脅かす存在に成りかねないからである。
とは言え次男の男は歴代の教祖と比べて見ても恐らく
家系に受け継がれてきた世論を読む能力が一番弱い。
男自身がそれを自覚していた。
それは教祖として君臨するには弱すぎる事に加えて
年々その力が失われつつあるという事も。
私が教祖なのか?教祖でいる事自体にはそれ程固執していないが、
いまこそ絶対的な力の存在が必要なのだ。
現状が発展こそすれ衰退や崩壊などはあってはならない。
総じて不安に感じ、その現状を打破する目的で
藁にも縋る思いで目に留まったのが一族に伝えられてきた麟望録という書である。
その内容は、開祖、源流の成り立ち、活動履歴などが記されていたのだが、
取り分け男の興味を惹いたのが何代目かの教祖は本家出身者ではない事。
源流から外れ密やかに誕生、その血脈は決して絶える事無く密やかに存在し、
およそ百年の周期で会の前に現れ救世主となる個。
その個を見つける為の情報収集、種撒き、労力を惜しまず投入し
広く社会に目を光らせ探す努力を怠ってはならないと。
その個は間違いなく開祖から派生したものと共通な血を持ち、
突出したその存在は多くの民に喜びと安息を齎し、
頂点として君臨するに相応しい象徴であろう。と記されていた。
そのあとがきには手掛かりとしての百年のごとの漢数字が記載されている。
そして男はその個の生誕に向けての策を講じ、時を待ち、
その百年の周期を今まさに迎えようとしているのである。
興奮に打ち震える男の背後で扉を叩く音が聞こえた。
扉を開けて部屋に入ってきた側近の金田が男に近づき耳元でこう囁いた。
「後一時間程でお目覚めになるかと。」
「わかった。」
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