第三話 繋がる想い

 ハナちゃんの部屋へと戻ると、案の定と言うべきか……ハナちゃんは制服を着たままベッドの上で寝息をたてていた。

「すぴー……」

 見てるこっちまで眠くなるような、安らかな天使の寝顔。

 好きな男子相手にこうも簡単に寝顔をさらしていいものなのか。


 —— シューくんになら、エッチなこと、されても、いいかな


 教室でそんなとんでもない発言をしたハナちゃん。

 つまり……つまりそれって、眠っているハナちゃんにイタズラしようと本人の許可がおりているわけだから、とがめる人はいないってこと……?

「いやいやいや」

 起きているときならともかく、眠っている女の子に手を出すとか最低過ぎるだろ!

 ハナちゃんなら許してくれるだろうけども!

「ハナちゃん。制服のまま寝たらしわになるよ」

「ん……おきがえして……」

 寝言のようにつぶやくハナちゃん。

「まったく……」

 眠った状態のハナちゃんを着替えさせるため、制服のリボンに手を伸ばす。

「……」

 あれあれ?

 ハナちゃんの着替えなんて慣れっこなはずなのに、ハナちゃんが変なことを言うものだから急に恥ずかしさに襲われた。

「落ち着け……平常心だ俺……クールになれ浅井秀一」

 自分に言い聞かせてハナちゃんのリボンを解く。

 次いで、上半身を支えつつゆっくりと上着を脱がし——ピンク色の可愛い下着が露わとなった。

「ごくり……」

 その下着が覆っているものは、慎ましいハナちゃんの胸。

 このまま胸に触れようと、あるいは下着を脱がそうと、ハナちゃんが怒ることはないだろう。

 好きな女の子の、無防備な姿。

 ハナちゃんもまた、俺のことを好きだと言ってくれた。

 これはもう、これまで抑えてきた欲望を爆発させてもいいのではなかろうか……?

 いやいや!だから眠ってる女の子になにをしようとしているんだよ俺は!?

「さわりたいの……?」

「ひぅっ!?」

 ハナちゃんの瞳が俺を捉えていた。

 胸に釘付けになっていたせいで、ハナちゃんが目を覚ましたことに気がつけなかったらしい。

「いいよ……?」

 なんでもないことのように言うハナちゃん。

 表情からは照れているようには感じられないが……どういうつもりなんだ……?

「こっ……こういうことは、付き合ってる者同士がすることであって——」

「じゃ、付き合う……?」

「そんな軽いノリで!?」

「シューくんと、付き合いたい……」

「ハナちゃん……」

「すぴー……」

「この流れでよく寝れるね!?」

「ん……おはよ」

「おはよ——っていやそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 俺の片腕は上だけ下着姿の幼馴染みを抱いている。

 そんな状態で寝ないでほしい……まぁ元々寝ていたんだけど。

「このままだと風邪引くから、とりあえず着替えようね!」

「ん……」

 そんなわけでスカートも脱がせ、ハナちゃんをラフなパンツスタイルへと着替えさせる。

 任務完了。

「さ、それじゃあべんきょ——」

「ん」

 不意打ち。

 何が起こったのか理解するのに、数十秒を擁した。

「……」

 離れていく感触。

 どうやら俺は、ハナちゃんに唇を奪われたらしい……。

「好き……シューくん」

 ああ……もう、ダメだ……。

「勉強なんてしてられるかっ」

 ハナちゃんに覆いかぶさるようにベッドへ押し倒す。

「もう、我慢とか無理だから……」

「ん……」

 そうして俺たちは、お互いに初めてのエッチを経験した。


      ***


 眠ってしまっていたらしく、目を覚ました頃には外が暗くなっていた。

 時刻を確認すると二十時を過ぎている。

 いつもであれば夕飯を食べ、とっくに自宅へ帰っている時間だ。

「シューくん……」

「ごめん。起こした?」

「おなかすいた……」

 それには同意見だった。

 勉強もせず夕飯も食べず……。

「エッチ、しちゃったね……」

 ハナちゃんの言葉に顔が熱くなる。

 改めて言われると恥ずかしい……。

 ハナちゃんの顔を窺うと、頬がほんのりと赤らんでいて、口元をゆるませていた。

「シューくん……すごくエッチだった……」

「そ、そういうことは言わなくていいから!」

 俺だって年頃の男子なわけで、好きな女の子との初めての経験に興奮してしまうのも仕方ないと言いますか……。

 ……やばい。思い出したらまた……。

「シューくん……元気……」

「男はこうなっちゃうんだよ……」

「お水、飲んでくる……」

 俺の下半身に気を遣ってくれることはなく、ハナちゃんはそう言って部屋から——

「ってちょい待ってハナちゃん!はだか!服着て!」

「……めんどい」

「アデラさんたちびっくりするでしょ。それに輪太郎りんたろうさんに何を言われるか……」

 ハナちゃんの父親である輪太郎さん——普段は優しい人なのだが、大事な娘をけがされたと知ればさすがに黙っていないだろう。

「すぴー……」

「立ったまま寝ないでハナちゃん!」

 器用すぎる!

 とにかくハナちゃんに服を着させ、俺も元々着ていた制服へ着替える。

「……」

 着替えたはいいが、リビングへ行く勇気はなかった。

 リビングにはアデラさんがいるし、この時間なら輪太郎さんも帰ってきている。

 ハナちゃんの部屋に泊まったことがないわけではないが、万が一ということもありうる。

「シューくん……?」

 いつまでもベッドに座り黙りこくっている俺に、ハナちゃんが不思議そうに声をかけてきた。

「ごはん、食べに行かないの……?」

 俺の気持ちを知ってか知らずか、ハナちゃんは暢気なものである。

 とはいえ、いつまでもハナちゃんの部屋にこもっているわけにはいかない。

「……よし!」

「ん……?」

 俺は覚悟を決めて、戦場リビングへと一歩を踏み出した。



「おはよう二人とも!よく眠れた?」

「はい……」

 何気なく返事をしたが、なぜ寝ていたことを知っているのだろうか……。

「今夜は急遽献立こんだてを変えて、お赤飯にしてみました!」

「……」

「なにか、お祝い事……?」

 ハナちゃんが不思議そうに質問している。

「そりゃあもう!ね、輪太郎さん!」

「らしいな……秀一くん?」

 輪太郎さんが怒気を孕んだ瞳で俺を射抜く。

 万が一が的中していたらしく、俺とハナちゃんがエッチしたことは二人にも知られていた。

「秀一くん。男同士の話がある。飲もうじゃないか」

 そんなこと言いつつ缶ビールを見せてくる輪太郎さん。

「あの、未成年なんですけど……」

「そうだな。未成年が未成年らしからぬことをしちゃダメだよなぁ?」

「ひぃっ!?」

 何を言いたいかわかるだろ?とでも言いたげに睨まれる。

「パパ……」

 ハナちゃんという名の助け舟が到来した。

「ん?どうしたハナ」

「避妊はしたよ……?」

 それはあかん!火に油や!

 思わず関西弁でツッコむ。

 なんなのハナちゃんの家族に対するオープン精神!?

 いやまぁ、ハナちゃんの場合だれにでもそんな感じではあるけど……。

「秀一くん……覚悟はできてるか……?」

 輪太郎さんが両手の指の骨をボキボキと鳴らす。

 あ、死んだかも……。

「ま……今のは冗談だ。安心したまえ」

 そう言って普段の優しいハナちゃんのお父さんへ戻る輪太郎さん。

「どこの馬の骨とも知らないクソ野郎ならともかく」

 優しい……優しいんだよな……?

「秀一くんになら、安心してハナを任せられる」

「お父さん……」

「だれがお義父とうさんだ!?」

「いえっ、ハナちゃんのお父さんという意味です!輪太郎さん!」

 父親心は複雑らしい。

 てかなんなの。ハナちゃんの両親の俺に対する圧倒的な信頼感。

 ありがたいし嬉しいけども。

「とりあえずは、ありがとう——そして、おめでとうと言うべきかな」

「おと……輪太郎さん……」

 なんだかんだで祝福してくれた。

「ハナ、よかったわね!」

 アデラさんが嬉しそうに娘に話しかけている。

「うん……すごく、きもちよかった……」

「……」

 そういう意味で言ったんじゃないと思うよ!?

 輪太郎さんに睨まれたが、この日は俺の両親まで呼んで宴会となったのだった……。

 あの……両親に幼馴染みとの情事を知られるとか、ふつーに恥ずかしいんですけど……?

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