第二話 爆弾発言
授業中はなんとか起きてた(脳が働いていたかはともかく)ハナちゃんだったが、四限目が終わるなり机に突っ伏してしまった。
浅井は深井に授業内容を教えておくように、とは全教師が授業が終わる頃に言うもはやお決まりとなったセリフである。
それは余談として。
「さて、と……行きますか」
気を引き締めつつそう言ったのは、なにを隠そう俺こと
ハナちゃんを置いてどこに向かうのかというと、戦場である。
瞳をギラつかせた生徒たち(たまに教師もいるが)が、我先にと小銭を握りしめて数少ない
朝はハナちゃんの世話だったり、あるいはハナちゃんの世話だったり、もしくはハナちゃんの世話だったりと忙しいので弁当を作ったり通学途中で買うことができず、かといって母親が作ってくれるわけでもないので、俺とハナちゃんの昼飯はもっぱらパンなのだ。
もっとも戦場と揶揄するほどに入手難易度が高く手に入れられないときもあるので、そのときは女子たちがハナちゃんに自分たちのおかずを分けてくれている。
……俺は男連中から格安の値段で買い取るほかないけどな。
英雄(俺)、帰還——。
本日の戦利品はカレーパンが二個、メロンパン、チョココロネ、からあげパンが一個ずつに、俺用の炭酸飲料とハナちゃん用の牛乳と上々の結果だった。
「ハナちゃん、お昼ご飯だよ」
「ごはん……」
寝ぼけ
「今日はチョココロネが手に入りました」
「チョココロネ……!」
ハナちゃんが大好きなチョココロネを手に取り、乱雑に包装ビニールを破ってかぶりつく。
そしてチョコの部分を口に含むなり、周りをほっこりさせるような笑顔を浮かべていた。
「守りたい、この笑顔。俺はそう心に誓うのだった」
「勝手に変なナレーションを入れるな」
その
「彼女と食べなくていいのか?」
駿輔には一年生の彼女がいて、いつも昼休みになるとテンション高めに教室から出ていくのだが……。
「今日は友達と食べるんだと」
「ふーん」
素っ気なく返す。
実際駿輔とその彼女の関係にそこまで興味があるわけでもない。
「あ、もしかして俺邪魔?彼女と二人きりにしてほしかったり?」
俺とハナちゃんの顔を交互に窺ってにやつく駿輔。
「別に。そんな気遣いは無用だ」
「あーそっか、家でイチャつけるもんな」
「あのな……」
どうしても俺とハナちゃんを恋人にしたいらしい。
放課後は勉強……というよりその日の授業内容を教えるのがメインで、あとは着替えさせたり、夕飯を食べさせたり(俺が作るわけではないが)して、十九時前には解散している。
そのあとお風呂に入ってから仮眠をとり、二十二時前後に目を覚まして朝までゲーム——というのがハナちゃんのタイムテーブルらしい。
なのでイチャついてるわけではないのだ。
「深井さんって、実際のところどうなの?」
「おい」
何を訊くつもりだこいつ。
ハナちゃんは首を傾げ、なにが?と言いたげだった。
「浅井のこと好きっぽいのはわかるけど、実際どんくらい好きなんかなーって」
「シューくん……?めっちゃ好きだよ……?」
「ぶっ!?」
ハナちゃんの何気ない答えに、俺は飲みかけていた炭酸を吹き出した。
「おまえきたねーよ……」
「ごほっ……おまえが変なことハナちゃんに訊くからだろ……」
完全に不意打ちだった。
まさかそんな素直に答えるとは……。
しかし……。
「それってアレだよね?幼馴染みとしてとか、そういうやつであって、一人の男としてじゃないよね?」
ハナちゃんのことだからそういうオチに違いない。
「ん……?シューくんになら、エッチなこと、されても、いいかな、って意味だよ……?」
「エッ……!?」
恥ずかしげもなく答えるハナちゃんに驚きを隠せなかった。
聞き耳を立てていたらしいクラスメイトたちもキャーキャーと騒いでいるが、とりあえずそっちは無視しておく。
というか……。
「ハナちゃんって、
勝手なイメージに過ぎないが、ハナちゃんは性的なことに興味ないのかと思っていた。
「あるよ……?」
あっさり肯定するハナちゃん。
どうしてそれで俺に着替えを手伝わせたりしているのだろうか……。
「よかったな浅井。両想いじゃねーか」
「……うるせ」
小さくそう返した俺の顔は、なんだかとても熱くなっていた。
***
「——ということがあったんですよ」
放課後——いつものごとく深井家へとお邪魔した俺は、学校でハナちゃんに告白(?)されたことをハナちゃんの母親であるアデラさんに話していた。
明るくてよくしゃべり、とても愉快なハナちゃんのお母さんである。
「母親としては、好きな男子に着替えをさせる娘ってどう思います?」
「どう思うもなにも、あなたたちまだ付き合ってなかったの?」
アデラさんまで学校のやつらみたいなことを言う。
「もうてっきりいくとこまでいってるのかと思ってたのに」
「娘のことなんだと思ってるんですか!」
「今の話を聞く限り……奥手?」
「奥手な女の子は好きな男子に着替えを手伝ってもらわないと思うんですけど!?」
「それじゃあ好きな男子に下着姿を見られてもなんとも思わない変なやつ?」
「あなたの娘の話をしてるんですけどね!?」
「やぁねぇ冗談よ」
愉快そうに笑うアデラさん。
俺のことをからかっていただけみたいだが、どこまでが冗談だったのか……。
「私だってハナのことは心配だけど、それ以上に秀一くんのことを信頼しているもの」
真面目な表情で語るアデラさん。
「でも、エッチのときは避妊しなきゃダメよ?」
「台無しですね!?」
「この際だから付き合っちゃえばいいのに。私いまから二時間以上出かけてくるから」
「母親が変な気を回さないでください……」
もはやツッコむ気力もなく、静かに言う。
「まぁ後半は冗談にしても、付き合ってほしいのは本当ね。ハナって色々危なっかしいじゃない?秀一くんならハナも心を許しているし、親としても他の男の子と付き合うよりは、秀一くんが付き合ってくれたほうが安心できるし、とても嬉しいの」
「そう言っていただけるのは、大変ありがたいことだとは思いますが……」
ハナちゃんの母親であるアデラさんにここまで信頼されているとは……。
嬉しいような、むず痒いような……。
「いつまでも
「だれが姑でだれが嫁ですかそれ」
「言わなきゃわからないなら教えてあげるけど?」
「結構です」
嫁……じゃない。ハナちゃんには「アデラさんに話があるから」と自室で待機してもらっている。
いつまでも放っておくと寝てしまうので、たしかにそろそろ戻ったほうがいいかもしれない。
「相談に乗っていただき、ありがとうございました」
まったくタメにならなかった気もするけど……。
「あ、エッチするときは事前に言ってね?出かけるから。さすがに娘の喘ぎ声を聞く勇気はないから」
楽しそうにとんでもないことを口にするアデラさん。
この人はどこまで本気なんだか……。
俺はため息を吐きつつ、ハナちゃんの部屋へ向かうのだった。
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