3


 馬車に乗り込んだ後、私とアルベルトは口を効かなかった。

 いや、口を効くことができなかったのだ。

 少しでもアルベルトに好意を寄せてしまっていたことを、私は恥じた。


 アルベルトは、父の汚名を晴らし、ナタリア王国で失った父を取り戻したいのだ。

 それを、いとこであるレジルド二世が協力している。

 また口調から、ギルダもナタリア王国について色々知っているように見えた。

 アルベルトや王の前で口にしなかったのは、何か私にしか言えないような話があるのではないかと、私は思っていた。


 私は彼らにとって、ナタリア王国と繋がるための鍵でしかない。

 そこに愛情などあるはずもないのに、私はどこかで期待をしてしまっていたのかもしれない。


 ギルダとは明後日の昼過ぎに約束をしている。

 晩餐会では色々とあり過ぎたために、明日は一日休息が必要だとアルベルトが言ってくれたのだった。


「魔女になんて関わるもんじゃないな……」


 ようやくアルベルトが口を開いて小さな声で言ったので「そうですね」と返事をしておいた。


「君は、今回の話を聞いて、私に失望したか?」


「いいえ。目的は同じなようで安心しましたし、アルベルトがギルダにやめてくれと言ってくださって嬉しかったです」


 このくらいの好意なら伝えても問題はないだろうと、私は彼に向かって微笑んだ。


「今夜の話はラディーレには報告しないといけないな。君を傷つけないという約束でこの契約は成り立っているというのに」


「黙っていればいいのに。私は無傷よ」


「そうもいかないさ。苦しんだことは事実だから」


 アルベルトは、ひどく精神的に疲れている様子だった。


 王都から出ると、馬の蹄の音と車輪の回る音が、少しだけ静かになった。

 王都ロレーザの灯りは、来た時よりも霞んで見える。

 街灯で燃え盛る炎が消えかかっているのか、私の気持ちが陰っているのかは定かではないが、早くラディーレやリンデ夫人のいる公爵邸に戻りたかった。


 窓の外の景色が、豪華な邸宅から素朴な街並みに姿を変え、街灯の代わりに月明かりが馬車を照らした。

 私は、夜空に浮かぶ月に自分の気持ちを押し殺し、アルベルトに協力することを誓った。


 晩餐会から戻った次の日は、泥のように眠った。

 目が覚めた時に、日が沈んでいた。

 ほとんど丸一日眠ったと知らされたのは、夕食はどうされますかと尋ねに来たランスに伝えられた時だった。


 アルベルトは朝早くから騎士団の仕事に向かったそうで、一人でこんなにも寝てしまったのだと、少しだけ恥ずかしい気持ちになった。


「マーレ様!お話は伺いました!」


 着替えを済ませ、夕食の席に座った時に「もう無理をなさらなくても大丈夫です!」とラディーレが心配そうな面持ちで私の手を取った。


 部屋の中には、まだ私とラディーレしかいない。

 話をするなら今がチャンスだった。


「ラディーレ。少し話しがあります。今後アルベルトとナタリア王国の話をする時には、私を同席させてください」


 私は真剣だった。

 先日、ラディーレにナタリア王国の話をもっとしてほしいと要望したのにも関わらず、彼はまだ私に詳しい話をしていないことに気がついたのだ。


「ですが……あなたにはまだ早い話も多く」


 ラディーレは私に聞かせたくない話があるようだった。

 私の中で苛立ちが募っていく。

 

「この話に早いも遅いもありません。私の国のことなのに、私が一番知らないなんておかしな話でしょう。魔女の話は、アルベルトから聞いていますか?」


「はい。伺っております。そんな危険な魔女のところへ行って、本当に大丈夫なのですか?」


「ええ。どこかの誰かが私の身体に擦り込んだ、まじないとやらを解読してもらうのです」


「ですが……」


「ラディーレ。あなたは私にまじないがかけられていたのを知っていたんでしょう?」


 思っていたよりも強い口調になってしまった。

 ずっと従順に言うことを聞いてきた私の強い口調に、ラディーレは驚いているようだった。

 義理もないのにずっと私を隠し、育ててくれたのはラディーレだが、彼は私に話していないことの方が多いのだ。


「立ち話をするなんて、レディーのすることではありませんよ」


 リンデ夫人が来たことで、私たちの話は一時休戦となった。

 私は、ナタリア王国の話をリンデ夫人に聞かれてしまったのかとヒヤヒヤしてしまったが、夫人はいつものように席について、「あなたたち、早くお掛けなさい」と指示を出した。


 このまま私がヒートアップしてしまっていたら、きっと私はラディーレに言ってはいけない言葉を投げかけてしまっていただろう。


 心配そうに私を気にかけるラディーレを無視して、私はリンデ夫人の隣に腰かけた。

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