2


「その娘に情でも移ったか?アルベルト」


 レジルド二世が冷ややかな表情を浮かべてアルベルトに言った。

 あまりに冷たい声色だったので、その場にいた誰もが固唾を飲みこみ、口を噤んだ。

 しかし、アルベルトだけは、王の方を睨みつけ「そういう問題ではない」と言い返した。


「消えたお前の父親とお前の父親の夢を引き継いだ、我々の夢がどうなってもいいという訳だな?」


「そのようなことは一言も言っていないだろう。だが、こんな非人道的なやり方を続ける訳には……!」


「だから、お主は甘いのだ。お前の父親と同じようにな。甘さの結果、お前の父親がどうなった?」


 レジルド二世の言葉は、アルベルトの心を傷つけるのに十分だったらしい。


 私を抱きしめる力が少しばかり弱まった。

 手が少し震えている。

 私はどうしたらいいのか分からなくなって、ギルダの方を見つめた。


 フェリモースの魔女ギルダは私の視線に気が付いて、一つの提案を今にも決闘が始まりそうな二人に声をかけた。


「レジルド王。レックス公爵。私も流石に彼女に痛みを与え続けることは忍ばれます。他にやり方を試させていただきますが、しばらくその黄金石も一緒にお借りすることはできますか?」


 ギルダの提案に、しばらく睨みつけるかのように彼女を見ていたレジルド二世は「いいだろう。早急に結果を出すように」と黄金石をギルダの手に手渡した。


 アルベルトが「ですが!」と食い下がろうとしたが、ギルダは彼を止めて首を横に振った。


「レックス公爵。私は、ナタリア王国の黄金に興味などありません。彼女を救うために、この黄金石が必要なのです。研究をさせていただけますか」


「だが……」


「大丈夫です。彼女が傷ついたり、苦しんだりするような方法を取らないとお約束致しましよう」


「必ず、見張りの人間をそばに置くと約束させろ。二人きりは許さない」


「かまいません。私の屋敷であれば、そういった類いの道具も揃っていますから、先ほどみたいなことにはならないでしょう」 


「滅亡した国の姫君を、魔女の館にご招待か。なかなか面白い展開になったではないか。結果が出たら、報告をすること。世は楽しみにしているぞ」


 話の決着がついたと笑みを浮かべて、レジルド二世は部屋を出て行ってしまった。

 扉がバンと大きな音をたててしまったので、ダリアがビクッと身体を震わせた。

 レジルド二世に続いて、ディークが「何かありましたら、メイドをお呼びください。後ほど馬車のある場所までご案内いたします」と言って王の後を追いかけて行った。


「若き王は、何をあれほどまでに焦っているのでしょう」


 ずっと口を噤んでいたフォルティス将軍が静かに呟いた。


「焦ってる……というか、めちゃくちゃ怖かったですよ」


 ダリアが思い出すのも嫌だといった様子で、眉を潜め、両腕で自分の身体を抱きしめた。


「彼……レジルド王は、レックス公爵のお父様を深く愛していらっしゃったのです」


 ギルダの言葉に、アルベルトは反論しなかった。

 先ほどと比べて随分と体が楽になった私は、アルベルトの方を見て「何があったのか、お話お伺いさせてください」と言葉をかけた。


 アルベルトが今にも泣きそうな顔をしていたので、何か力になりたかったのだ。


「レックス公爵。余計なお世話とは存じますが、このお話は、奥様にお話をしておくべきだと私は思います」


「分かっている」


 素っ気なく答えた後、アルベルトは私の方を見た。

 私は、彼の方へ手を伸ばし、握りしめている拳にそっと触れた。


「私の父、ロベルト・レックスは、この国の大臣の一人だった。母も言っていた通り、レックス家とアルジーネ家の政略結婚で、父がいた頃は王の次に権力を持っていると言われているほどだった。レジルド二世の父、レジルド一世は、私の父と双子の兄弟で、幼少時代、刺客に王子を殺されないために、レジルドは我々の家に住んでいたんだ」


 アルベルトの言葉に、私は先ほどの晩餐会で幼い頃にフェリモースの魔女のいる屋敷に、リンデ夫人が二人をお仕置きするために連れて行ったという話を思い出した。


 この話をフェリモースの魔女ギルダは知っているのだろうか。

 ギルダの方に視線を送ると、彼女は私の考えることが分かったのか、懐かしそうな表情を浮かべながら、私に頷いてみせた。


「懐かしい話です。あなたとレジルド王は、とても幼い頃でしたね」


「そうだ。あの頃は、何もかもが満ち足りて幸せな日々だった……。アバルール王国の使者、イネルシャ・サンクリーフト卿が来るまでは。彼が来てからというもの、父は、国中の書庫から禁書を集め始め、狂ったようにナタリア王国について調べ始めた。母がなだめてもスカしても興味はナタリア王国のものばかり。終いには、大臣の仕事もすっぽかし、地下室の書庫にこもっては、研究ばかりしていた」


「……だから、私がナタリア王国出身ということは、リンデ夫人には内緒なんですね」


 私の言葉にアルベルトは頷いた。


「そういうことだ。母はあの頃の話をすると、機嫌が悪くなるどころの騒ぎじゃなくなるからな……。しばらく経って、父はナタリア王国への入り口を見つけたと大はしゃぎをしていた。その頃には、レジルドは父の妄言からロベルト・レックスは危険だと王宮に連れ戻され、私は母と共に、母の持参金で建てた別邸へと住まいを移していた。そして、ナタリア王国へと向かった二ヶ月後のことだった。サンクリーフト卿が突然、別邸へとやってきて、父が死んだと腕一本を持ってきた」


 アルベルトと目が合った。

 私の祖国のせいで、アルベルトの家族は崩壊してしまったのだ。


「最初は嘘だと思った。誰か別の人間の腕をこの男が父だと嘘をついたに違いないと。だが、父はナタリア王国へ無理に入ろうとして身体が消滅してしまったのだと、止めようとしたのだが、無理だったとサンクリーフト卿は言うんだ。そして、その腕はやはり父のものだった。母は泣き叫び、私は腕を見て吐いた。すぐにレジルドに手紙を書き、二人で密会したよ。あの頃は、まだあいつも自由に動けたからな」


「お二人で誓ったんでしょう。ナタリア王国の秘密を暴くと。そして、ナタリア王国から生き延びた人物を探そうと、あなたは移民を中心に探して歩いた。そして見つけたんでしょう。彼女を」


 私を指し示しながらギルダが言うと、アルベルトは頷いた。


「そうだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る