第4話 フェリモースの魔女

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 書斎の間ではすでにフェリモースの魔女ギルダが、席について私たちのことを待っていた。

 玄関ホールや晩餐会の会場とは異なって、書斎の間は暖色系で色がまとめられており、私はなぜかホッと息をついた。


「夜分遅くに呼び止めてしまって申し訳ありません。私のことはギルダとお呼びください」


 ギルダが私たちに向かって自己紹介した。

 まるで弦楽器のような美しい音に、思わず私は聞き惚れてしまった。

 容姿も彫刻のように美しく整っていて、腰まで伸びた長い髪の毛一本一本が生糸のようなしなやかさだ。 


「私は、アルベルト・レックス。こちらが、妻のマーレ、後ろにいるのが騎士団に所属している、フォルティスとダリアです」


 昔のトラウマなどおくびにも出さず、アルベルトが一歩前に出てギルダに挨拶をした。


「ええ。存じ上げております。あなた方のことは、ここにくる前に少し調べさせていただきましたから。ところで、レジルド王はまだ来ていないのかしら?」


 ギルダがディークに声をかけると、王の腹心の部下は「もう少々お待ちください」と頭を低く下げた。

 待つこと数分経って、レジルド二世が「遅くなってすまない」と部屋中に入ってきた。


 手には、私の母の形見である黄金石が握られている。

 つい先日まで私の手元にあった物とは思えないほど、その黄金は輝いて見えた。


「これで全員揃いましたね。レジルド王。あなたの持っている黄金石をそこに置いてください」


 ギルダの指示にレジルド二世は素直に従った。

 黒茶色の長方形のテーブルの上に黄金石がことりと音を立てて、置かれる。

 ギルダが指でテーブルの上に魔法陣を描くと、黄金石が中から光り輝いた。


「これは……!」


 アルベルトが驚きの声を上げた。

 私も、アルベルトの横で光り輝く黄金石をただ見つめるばかりだった。


「マーレさん。あなたもこちらへ……」


 ギルダに静かに名前を呼ばれ、私は恐る恐る前へと出た。

 フェリモースの魔女ギルダは、私の手を取ると右手を魔法陣の中へと置いた時だった。


 あまりに突然のことだったので、私は訳が分からなかった。


 私の中に突然様々な感情が蘇るように動き出し、吐き気と頭痛が同時に起こった。

 痛みは、こめかみから頬を伝って首へと広がっていき、やがて息をするのも辛いほどの激痛が全身に巡った。


「ああああああ!!」


 大きな声で叫んでも、魔女は私のことを離してはくれない。

 苦しくて、私の中にある何かが血管中を駆け巡っているような気がした。

 

「何をするつもりだ!」


 アルベルトが慌てて私の方へと駆け寄ろうとするが、レジルド二世がそれを阻止したので、私は苦しさに耐え続けなければならなかった。


 永遠に続くと思われたが、魔女は魔法陣を消して私を解放した。

 ぐったりしている私のところへアルベルトが駆け寄り、今にも床に崩れ落ちそうな私を抱きしめて「大丈夫か?」と尋ねたが、弱々しく首を縦に振ることしかできなかった。


「一体どういうおつもりです?」


 アルベルトが語気を強めてギルダへと詰め寄った。

 今にも剣を抜き取って、ギルダの首に刃先を突きつけそうな勢いである。


「まだ、分からないのか?我がいとこ」


 冷静な表情を浮かべて、レジルド二世がアルベルトとギルダの間に入った。


「騙し打ちのような真似をして申し訳ありません。ですが、これで証明されました。彼女はナタリア王国の王族の人間であり、様々な古いまじないを身体中に刻まれています」


 ギルダが、未だに痛みに震えている私の方へと近寄って来て、手を伸ばす。


「寄るな。魔女」


 アルベルトが私を抱きしめてギルダに触れさせないようにするが「治癒を施すだけです」とアルベルトの背後にいつの間にか滑り込んで私の身体を癒やし始めた。

 ギルダが触れるところから順に私の身体から痛みが引いていったので、私はアルベルトに大丈夫ということを伝えた。


「古いまじないのまじないとは、どういった類いのものなんだ?」


 レジルド二世が、私に治癒を施しているギルダに質問を投げる。

 アルベルトは、全く信用していないといった様子で、ギルダの方を見ていた。


「彼女についているまじないは一種類ではありません。一つはこの黄金石と対になるまじない。これを入れたのは、一人の魔女ではなく複数人の魔女がやったことでしょう。これは複雑でいますぐに解くことはできません。そして、もう一つは身を守るための保護のまじない。最後に、これが厄介です。彼女には反対のまじないがかけられています」


「反対のまじないとは?」


 アルベルトが私の手をぎゅっと握ったまま、ギルダに尋ねた。


「反対のまじないとは、この対になっている黄金石と共にまじないを解く時に、片方が崩れるようにと設計されているものです」


「どういうことですか?」


 尋ねたのは私だった。

 一体誰がそんなことを、したというのだ。


「誰かはわかりません。このまじないは痕跡を見つけるのがひどく難しい。ただ一つわかるのは、このまじないをかけた人物は、ナタリア王国を復活させ、黄金石を誰かに手渡すつもりはないということです」


 部屋は静まりかえっていた。

 アルベルトがナタリア王国の秘密を解こうとすればするほど、私が故郷に戻ろうとすればするほど、私が壊れるという設計になっている。

 つまりはそういうことだ。


「このまじないを解くことはできるのか?」


 レジルド二世が尋ねると、ギルダは「時間がかかります」と静かに答えた。


「解けないことはないとすれば、まずはその反対のまじないとやらを解かねばならないようだな」


「待ってくれ。レジルド王。フェリモースの魔女ギルダ。そのまじないを解くときに、彼女は今回のような痛みを受け続けなければならないのか?」


 アルベルトが私を隠すようにして、抱きしめながら尋ねた。


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