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 席についてからしばらくして、王族達が続々と会場の中へと入ってきた。

 会場の中には音楽が鳴り響き、姫や、王子、第一王妃から第四王妃までたくさんの人間が次々に自分の席についていった。


「レジルド二世様のおなぁりい!」


 一人の男性が大きな声を上げ、頭に大きな王冠を乗せた若い男性が会場に入ってきた。


 会場からはどことなく拍手が沸き上がり、フェリモースの魔女が両手を上げて炎と水のドラゴンを宙に浮かばせた。

 魔女が放つ魔法を見て、会場中の人間が感嘆の声をあげながら、拍手を送った。

 炎と水のドラゴンは、登場したレジルド二世の上でぶつかると、美しい赤い花に変わって、王にぶつからないように散っていった。


「あの花は何?」


「あれは、アマレの花だ」


 私の疑問にアルベルトが耳打ちして教えてくれたので、私はしっかりと目を凝らして眺めた。

 前にダリアが教えてくれた国の紋章にも描かれているという花は、あのような形をしていたのかと、地面に着く前に消えてしまう花の形を脳裏に留めようとした。


「ようこそ、諸軍。我が晩餐会へ。今宵は楽しみ、日々の疲れを癒してくれたまえ。イージェス王国に永遠の繁栄を」


「繁栄を!」


 レジルド二世の台詞に合わせて、全員が席を立ちグラスを掲げたので、私も慌てて席から立ち上がり、他の者に続いてグラスを持ち上げる。

 中に入っている炭酸の入った色つきの水がゆらりと揺れた。


 円卓テーブルの席に付いたのは、同じレックス性を名乗る公爵家だった。

 同じレックス性といえども、血縁関係はあまり近くないらしい。

 アルベルトの祖父のいとこの娘の婿養子との間に生まれた息子といった感じで、もはや他人同然である。


「でも本当に幸せそうなご結婚でよかったわ」


 公爵夫人は、親指の爪ほどの大きな宝石をいくつも指に光らせながら、上品な笑みを浮かべて、マーレとアルベルトの結婚に祝いの言葉を述べた。


「幸せな結婚生活が送れそうなのは、皆様のおかげですよ」


 アルベルトが「そうだよな、私の愛しい妻」と話を振ってきたので、私は大きく頷いて見せた。


「まだ緊張されているのね。可愛らしいこと」


「そうだ。今度、我々の邸宅に遊びにきてはどうかね?アルベルトくん。君の奥様も貴族の友達が必要だろう。私の妻とすごく話が合いそうだ」


「ええ。お言葉に甘えて、今度近くに伺った際には、喜んでお邪魔させていただきますよ」


 人当たりのいい笑みを浮かべて、アルベルトが返事をする。

 貴族同士のお誘いは、半分が社交辞令です。遊びに誘われた時は過度に反応せず、笑みを浮かべて好意的にお返事をすること。

 リンデ夫人の授業が脳内に蘇ってきた時、「王がお呼びです」と気難しそうな表情を浮かべる初老の男性が、私たちのところへやって来た。


 アルベルトとともに、王がいる席へと案内されて、私は緊張を隠せずにいた。


「大丈夫だ。君が心配しているような問題はない。本来なら君も同じ身分の人間じゃないか」


 アルベルトの励ましの言葉も、今の私には気休めにしか聞こえない。

 レジルド二世は、大きな座椅子に腰掛けて、私たちが来るのを待ち侘びているようだった。


「アルベルト。遅いじゃないか。私が呼ばずとも、もっと早く妻を連れてここへ来ると思っていたのに」


「大変申し訳ありません。陛下。陛下に並ぶ列が途切れて、落ち着かれてからゆっくりお話しをさせて頂こうかと」

「ふん。どうだか。お前はいつも肝心なところは勿体ぶるところがあるからな……。おいディーク」


 レジルド二世が、先ほど私たちを案内した初老の男性を呼んだ。


「人払いですね。承知しました」 


 王は、ディークの言葉に頷き、手を振り払って「さっさとしろ」と言わんばかりの態度だ。

 近くにいた王族を含め、全ての人間がレジルド二世と私たち以外追い払われた時「で、その娘が本当に旧ナタリア王国の姫なんだな?」と低い声で王は尋ねた。


「ええ。付き人の話をこの数週間聞いてまいりましたが、間違いないでしょう」


「だが、国を離れたのは幼き頃のゆえ、ナタリア王国について、本人はあまり覚えていないと……」


 レジルド二世の視線が私に移ったので、私は慌てて頭を下げた。


「そのような卑下た態度は必要ない。お前が、命拾いしたいがためにアルベルトに嘘をついていないのならな」


「わかりました」


 私が小さな声で返事をすると「うむ」とレジルド二世は頷いた。


「先日も話したが、記憶が朧げなのは二パターンある。一つは、本当に記憶がない場合。もう一つは、魔術をかけられている時。先日お前がこの娘から取り上げた黄金石を、ギルダに確認させた」


「フェリモースの魔女にですか?」


 アルベルトが驚いたような表情を浮かべて声を荒げたので、レジルド二世は面白いものを見たといった表情を浮かべた。


「お前、まだ魔女が怖いか?」


「いえ……。怖いという訳では」


「この国では、悪さをする子供に、言うことを聞かないならフェリモースの魔女に魔術をかけてもらうぞというのが最大の脅し文句なのだよ。特に、こいつの母親は、厳しい女ゆえ、幼き一人息子を馬車に乗せて、本当にフェリモースの魔女の家の前に置きに行ったのだ」


 話について行けていない私に、レジルド二世が説明をする。

 楽しそうに人の言われたくない過去をバラす王に、アンドレは小さなため息をついて「それはあなたもでしょう。幼いときは、一緒に暮らしていたんだから」と言い返した。


 息子だけでなく、王族までも容赦なく山の麓に連れて脅しに行く、リンデ夫人の姿は、容易に想像することができた。

 リンデ夫人が厳しかったのか、彼らの悪戯が度を過ぎていたのかは、後日こっそり夫人に聞いてみようと私は心の中で決めた。


「お前ほどビービー泣いてないわ。私が手を繋いでやったのがつい先日のことのようだよ。我がいとこアルベルト」


「話を戻してください!」


 これ以上アルベルトは幼い頃に犯した失態を、私の前でバラされたくなかったのか大きな声を出して話を遮った。


「ギルダが言うには、あの黄金石には古い魔術がかけられており、どうやら何かと二つでセットになっているものらしい」


 レジルド二世は、フェリモースとの話した会話を思い出しながら「難解な魔術だと言っていた」とアルベルトの方を見た。


「二つでセット……ですか」


 アルベルトも、レジルド二世の回答は意外だったようで、ナタリア王国へと道が行き止まりになってしまったことに頭を悩ませているようだった。


「もう片方を見つけ出したとしても、古い魔術はパズルのように解くのは難しいとのこと。だが、もう一つの何かを見つけないことには話にならないということだ。それがどんなものであるかは、判断がつかないとのこと」


 三人の中に沈黙がおどずれた時だった。

 一輪の真っ赤なアマレの花が宙を舞って、王の足元に落ち光を放った。


 レジルド二世は、その花を拾い上げ「フェリモースの魔女がこの晩餐会が終わった後、お前達……いや、その娘と話がしたいと言っているが、どうする?」と尋ねた。


「私は、話がしたいです」


 アルベルトが答えるより先に、私は答えた。

 何かナタリア王国への秘密がわかるのであれば、どんな些細な情報でもいいから教えて欲しかった。


「いいだろう。あとでディークに言って、書斎の間を貸し切るようにと伝えておく。会場中の人が全て出払ったら迎えをよこすので待っておれよ。ところで、マーレと言ったな。お前は、黄金石が私の手元にあると聞いて、取り戻したいとは思わないのか?」


 意地悪い質問だと思った。

 私が、返して欲しいと正直に言ったとしても、彼は簡単に返す気などないというのに。


 レジルド二世は、私がどのような返答をするのかとニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、こちらを見ている。


「お預かりしてくださっているのであれば、それほど安全な隠し場所はありませんわ。陛下」


 リンデ仕込みの笑みを浮かべて、私が言葉を返すとイージェス王国の王は、大きな口を開けて笑い声を上げた。


「仕込みはリンデ夫人か。実に面白い。よき妻になりそうだ。下がれ、アルベルト。これ以上、ここでこの話は無用」


「承知しました」


 アルベルトと私は頭を下げて、その場を後にした。

 席に戻る時に、フェリモースの魔女ギルダと目が合うと、彼女が私に向かって笑みを浮かべた。

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