3

 

 王宮に到着すると、馬車は停車した。

 衛兵が大量に立ち並び、一人一人会場に入る際に不審な物を持ち込んでいないか、招待状と共にチェックをしているらしい。


 私が緊張した面持ちでいると、アルベルトが腕を差し出して「さあ、腕を取って私の奥様」と普段の数倍優しい声を出した。

 先程、キスをされそうになってからかわれたことを思い出して、戸惑ってしまう。

しかし、アルベルトが「新妻らしく振舞う約束だろう」と言ってきたので、私はおずおずと彼の腕を取った。

 屋敷では、彼と恋人振る舞ったことなど一度もなかったので、アルベルトに心臓の音が聞こえてはいないかと、晩餐会に参加する緊張とは違った緊張を感じることになってしまった。


 アルベルトが招待状を出し、難なく会場に入った瞬間、私はあまりの煌びやかな世界に圧倒されてしまった。

 クリスタルで出来たシャンデリアが広い天井にいくつも連なり、吹き抜けのホールの壁は全て縁が細やかな装飾がされた窓でできている。

 紺色のビロードの布の上に、銀色のラインが両端に一本ずつ描かれた絨毯が敷かれている、大理石の螺旋階段の上には、さらに入口があり、そこに晩餐会の会場があるらしかった。


 アルベルトはなんてことのないような態度で、淡々としている。

 レックス邸でもあまりの豪華さに驚いてしまったのというのに、その上があるとは思いもしなかった。


「アルベルト様。あちらに……」 背後に控えていたフォルティス将軍が、誰かを見つけたようで、小さな声でアルベルトに声をかけた。


「ああ……あいつか」


 アルベルトの声色がいつものトーンに下がった。


 視線の先を追って見てみると、一人の男性が女性に囲まれているのが見えた。


「アルベルト……あちらの男性は?」


 あまりにアルベルトが怪訝そうな表情を浮かべるので、私は気になって快活な表情の青年の存在を尋ねた。

 囲まれている女性たちからは「今日も素敵ですわ」とか「今夜のお相手は決まっておりますの?」とチヤホヤされている。


「……あれは関わらなくていい。いや、絶対に関わるな」


 アルベルトが私の肩に触れて、螺旋階段を登ろうとした時だった。


「永遠の我が友!アルベルト・レックスじゃないか!」


 まるで会場中に響き渡るように、女性に囲まれた男性が叫んだので、アルベルトと私は視線を集める羽目になってしまった。


 注目を集めたと同時に、「噂の国籍を持たない花嫁ってあれ?」「大したことないわね」「育ちが悪そう」と聞こえよがしに私に対する批評が耳に届く。

 私は、馬車の中でアルベルトに言われた言葉を思い出して、なるべくヒソヒソと聞こえてくる言葉の刃を耳に入れないよう努力した。

 

 しかし、全く面識がないはずなのに、どうして私のことを知っているのだろうか。


 アルベルトの名前を会場中に聞こえるほど叫んだ男性は、女性達をそのまま置いて、私たちがいる方までツカツカと歩いてきている。


「スタートス……お前は、礼儀というものを知らないのか?おかげで、変な注目を浴びてしまっているようだが」


 アルベルトはめんどくさいといった態度を隠そうともせず、スタートスと呼んだ男性に冷ややかな視線を投げかけた。


「君が注目を浴びているなんて、いつものことじゃないか。そんなことよりも、ご婚約おめでとう。この会場にいる若い娘の誰もが君の花嫁になりたがっていたというのに……さあ、君の花嫁を紹介してくれたまえ」


 アルベルトが紹介するよりも先に、スタートスは強引に私の方へ詰め寄って「はじめまして。幸運の姫君」と私の手の甲にキスをした。


「私の名前は、スタートス・レコモンド。私の父が大きな会社を経営していてね。レコモンド子爵の知り合いだといえば、この国で買い物をしたい時は、大体顔がきくから、その名前を覚えておくといいよ」


 手の甲に当たったスタートスの唇の感覚が気持ち悪くて、私はすぐに手を引っ込めたが、彼は全く気にしていないようだった。

 背後を振り向きダリアの方を見ると、うんざりしたような表情で首を横に振っている。


「スタートス様はアルベルト様の幼少時代からのご学友です。いつもあんな感じですので、お気になさらないようにされてください」 


 ダリアが小さな声で耳打ちしてきたので、私は頷いた。

 どうやら、常習犯なようだ。


「ん?なんだい?美しい花同士で秘密の打ち合わせかい?」


 ダリアが私に耳打ちしている姿を見つけて、スタートスは「僕も混ぜてくれよ」と楽しそうに近寄ってくるのを、アルベルトが片手で止めた。


「いい加減にしないと、お前の父親にお前の悪業を報告しにいくぞ」


 アルベルトが、低い声を出して怒りをあらわにしたが、あまりスタートスには響いていないようだ。


「そんな君が困るようなことはしていないつもりだが……?レックス家の公爵様が、細かいことを気にしすぎだろう。さあ、晩餐会の開催は間も無くだ。急がないと遅れるよ」 


「お前……本当にいい加減にしろよ……」


「さあ、我が友よ。今夜の晩餐会は熱く楽しいものになりそうだぞ」


 聞こえているのかいないのか、全く通じていないスタートスに、アルベルトは聞こえよがしに深いため息をついた。

 まるで初めから一緒にいくことが決まっていたかのように、自然にスタートスは、私たちの横を歩いていた。

 

 会場に入ると、入口のホールよりもさらに豪華な装飾が私たちを待ち侘びていた。

 リンデ夫人の授業がなかったら、私は緊張した挙句大失敗を重ねてしまっていたに違いない。


 公爵と子爵の席は離されているようで、名残惜しそうなスタートスと別れた後、全く名残惜しそうではないアルベルトは私を連れて自分の席へと向かった。

 私たちが到着した席には「アルベルト・レックス夫妻」と綺麗な文字で書かれた紙が、鏡のように磨かれた銀食器の上に置かれていた。


「私たちはあちらで待機しております」


 護衛を務めていたフォルティス将軍が、ダリアを連れて席から離れていった。


「彼らは、どこへ行くの?」


 私の質問に「護衛専門の席があるんだ」とアルベルトが答えた。

 アルベルトは、円卓デーブルの同席する貴族の名前を確かめ、敵対しない家柄の人間だと教えてくれた。

 敵意がない人間が一緒ならなんとかできるかもしれないと、私はホッとため息をついた。

 油断をするとヒソヒソと私の悪口を話す貴族達の言葉が耳に入ってくるからだ。


 この晩餐会で、どうやら私は注目の的のようだった。

 こればかりはリンデ夫人も想定内だと思いなさいと注意を受けていたし、スタートスの発言からアルベルトというのは地位的にも非常に色々な貴族達から一目置かれているのだと理解することが出来た。

 いくら私がナタリア王国の王族の血筋を持っていたとしても、移民となってしまった私とアルベルトでは、側から見ればじゅうぶんに不釣り合いなのだ。


 それと同時に、会場の中で一際注目を浴びていたのは、美しい一人の女性だった。

 誰にエスコートされる訳でも、護衛されている訳でもなく会場に入ってきて、一人で席に座っていた。


 視線を送っていると、その女性がゆっくりと私の方へと振り返った。

 そして、彼女は、私を見ると少しだけ瞳を大きくした後、再び私から視線を外してしまった。

「彼女は……?」


 私がアルベルトに尋ねると「ああ、彼女はフェリモースの魔女だ。王都ロレーザから東に随分と進んだ先にあるフェリモース山脈の麓に住んでいて、古くからイージェス王国を支えると言われる魔女だよ。我々には、関係のない人物だし、無闇に魔女には関わらない方がいい」と回答してくれた。


 しかし、私はなぜだか無性にフェリモースの魔女が気になって、彼女の方ばかり見てしまった。

 気のせいかもしれないが、なぜか懐かしいような気がしたのだ。

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