第3話 王都ロレーザの晩餐会

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 晩餐会の準備は、どうやら勉強だけではなかったようだ。


 その日は朝から、仕立て屋がやってきて、私の身体のサイズを余すことなく測っていった。

 それと同時に、店から持ってきた宝石類や、ドレスなどが広い部屋を埋め尽くす勢いだ。


「ものすごい量ですね」


 護衛のために部屋の中にいるダリアが、驚きの声を隠さずに部屋中のドレスや宝石類を眺めている。


「こんなものでは足りませんよ。この中から似合うものを見繕わなくては」


 すっかり女主人の元気さを取り戻したリンデ夫人は、仕立て屋に指示を出しながら私に似合うドレスを次々選んでいる。


「あの……こんなには」


「何をおっしゃっているの。これから出席するのは、晩餐会だけではありませんよ。女王主催のお茶会や、ダネスの祭りなどイベントがたくさんあるんですからね。前と同じように着たきりでそのままなんてことは許されないことですから」


 遠慮する私に、遠慮することは絶対に許さないといった様子のリンデ夫人に勝てるはずもなく私は言われるがまま試着を繰り返す。


「ちなみにダネスの祭りってなんですか?」


 リンデ夫人が仕立て屋に引き続き指示を出している間、そばに立っているダリアに私は尋ねた。


 ダリアとは、ここ数日の間でかなり仲良くなった。

 サッパリとした性格のダリアは、腰を落ち着けて話をすると非常にウマがあった。


「ああ、ダネスの祭りっていうのは、一年の始まりにダネスという神様を祀る行事なんです。一年健康に過ごすことができますようにということと、男性は愛する女性に、ダネスが愛したと言われるアマレという女神に似たと言われる赤いアマレの花を贈るのが慣わしです。イージェス王国の中で、もっとも人気のあるイベントなんですよ」


 ダリアは、着用している騎士団の胸の紋章を私に見せ、イージェス王国の国旗の中にアマレの花が描かれていることを教えてくれた。


「綺麗……」


「本物はもっと素敵ですよ。本来は、春に咲く花なんですけど、冬の始まりに渡せるように王宮の温室で大量にアマレを育てているはずなので、今度の晩餐会の時に、機会があったらご覧になることができるはずです」


 晩餐会の夜は、あっという間にやってきた。


 リンデ夫人が見立てた薄緑色のシフォンのドレスは、私の白い肌によくあっていた。

 寒さを凌ぐために羽織るオフホワイトの毛皮には、黄色の宝石がたくさん散りばめられたブローチがついている。


 新しいドレスは思っていたよりも着心地が良く、締め付けは厳しくなさそうだ。

 動きやすいドレスにするべきだとリンデ夫人が、仕立て屋に交渉してくれたらしい。

 メイドのランスに身だしなみを整えてもらい、珍しく濃い化粧をしてもらった。


ドレスの色に合わせた薄緑色のアイシャドウの上に、濃いゴールドのラメを目尻からグラデーションになるように乗せていく。


あまりに濃く乗せていくので、私はどぎまぎしながら「こんなに濃くて大丈夫?」と尋ねた。


 ランス曰く、王宮の照明はあまり明るくないので多少化粧が濃い方が、綺麗に見えるとのことだ。

 そっちの方の知識はサッパリな私は、ランスにされるがままとなっていた。


「準備はできたか?」


 アルベルトの声がすると「ドアをお開けになっても大丈夫ですよ」とランスが外にいる主人に向かって声をかけた。

 アルベルトは部屋の中に入ってくると、私のことを見て驚いたような表情を浮かべた。


「照れていらっしゃいるようですね」


「ランス。余計なことは言わなくていい」


 こっそり私に耳打ちしたランスの言葉が聞こえていたらしいアルベルトの頬は少しばかり赤く染まっているように見えた。


 晩餐会には、アルベルトと私、そして護衛としてフォルティス将軍にダリアが同行する。


 ラディーレは、まだ国籍を取得していないため今回は留守番せざる得ない。

 本来であれば、私も参加できないのだが、アルベルトが国王に相談し、今回は特別に参加できることとなった。


「王には、君の素性を極秘で話をしてある。大丈夫、信用できるお方だ」


 晩餐会での振る舞いは勿論のこと、国王にお目見えする機会があるというのは聞いていない。

 リンデ夫人に習ったことを、うまくできるか自信はなかった。


「大丈夫か自信はありません」


 私は正直にアルベルトに伝えた。

 この屋敷に来てから、私はあまり役に立っていない。

 ナタリア王国の情報は、ラディーレが中心となってアルベルトに伝えていたし、私はリンデ夫人に貴族たちの名前や晩餐会での振る舞いを習っていただけだ。


「だいぶナーバスになっているようだが、今夜の晩餐会は君一人で参加するわけじゃない。隣にいるパートナーを存分に頼ってくれて構わないよ」


 アルベルトのフォローに「ありがとうございます」と私は返答したが、一抹の不安は拭えなかった。

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