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 次の日から早速リンデ夫人のスパルタ教育がスタートした。

 厳しい指導であったものの、私が分からないところは一緒に立ち止まって、理解できるまで根気強く教えてくれるので、私は必死に彼女が教えてくれることを頭の中に叩き込んでいった。

 近くで見ていたラディーレが「なるほど!参考にさせていただきます」と感動するほどである。


 イージェス王国の晩餐会は、驚くほど細かいしきたりが多いことには、驚きを隠せなかった。

 王より先に銀の匙を使ってはいけないだとか、貴族同士にも話しかけていい順番があるだとか。


 何より一番困ったのは、イージェス王国の貴族の中には、レックス家とアルジーネ家というものがあり、出席リストの中には、レックス公爵、子爵、アルジーネ公爵、子爵が驚くほど大量にいるのである。


「レックス家とアルジーネ家は、イージェス王国の王を代々輩出してきた家柄です。中には、地位にかまけて子爵に型落ちしてしまった家もありますが、基本的には貴族はこの二つの家が中心となって構成されています」


「……あの、質問があります」


 私が手を挙げると、「質問を受け付けましょう」とリンデ夫人が答えたので私は疑問をぶつけることにした。


「お話を聞いている限り、レックス家、特に公爵家は家柄が非常に高いと思われるのですが、私のような、ならず者……身元があやふやな者を入れてしまって大丈夫なのでしょうか?」


 私の不躾な質問を聞いて、ラディーレが慌てたように「マーレ様」と注意をしたが、リンデ夫人の表情は何も変わらなかった。


「なるほど。いい質問です。マーレ。確かに、あなたとあなたの横にいる男の身元は不詳。通常のレックス家なら、家の敷居を跨いだだけでも、騎士団に連行されているところでしょう」


 リンデ夫人の言葉を聞いて、初日にダリアという女騎士に、移民はどんな理由があろうとも祖国に強制送還だと言われたことを思い出した。


「ですが、この家は少し特殊なのです」


「特殊……ですか」


「ええ。まず、この家の主人がアルベルトだということ。本来であれば、彼の父が同等の身分の者、つまりは遠縁のレックス家やアルジーネ家から婚約者を連れてきて婚姻が決まりますが、あの子の父親は死んでいます」


「ええ。アルベルトからうかがっています」


「また、私がアルベルトに、レックス家やアルジーネ家との結婚を推奨しておりませんでした。これは表沙汰にはなっていない話なので、ここだけの話にしておいて欲しいのですが、レックス家とアルジーネ家は、イージェス王国を代表する由緒ある家柄。それと同時に家柄を守るため血族結婚を繰り返し、呪いの祝福を受けた子供が数多くいるのです」


 リンデ夫人は、一息つくと、メイドが先ほど入れていったお茶を飲んだ。


 すっかりぬるくなっているらしいお茶は、リンデ夫人の喉をあっという間に通り抜けていく。


「呪いの祝福を受けた子供はどうなるのですか?」


「長く生きられない者がほとんどです。稀に長く生き長らえる者もいますが、その子供は家でひどい扱いを受けることになります。私の実家、アルジーネ家でも呪いの祝福を受けた子供が産まれ、ひどい扱いを受けるのを目の当たりにしてきました。私は、父に逆らえずレックス家に嫁ぎましたが、息子のアルベルトには、なるべく血の遠い者と結婚してほしいのです。たとえ、それがどんな身分の者でも」


 リンデ夫人の話は、私の心に重くのしかかり、それと同時に、アルベルトが簡単に結婚の話題を持ち出せた理由にも納得がいった。


「ナタリア王国にも、同じようなことはあったの?」


 授業が終わり、少しの間の休憩時間に、私はラディーレに尋ねた。


 ラディーレは、首を横に振った。


「いいえ、そのような話は聞いたことがありません。ナタリア王国は魔術を使える者がたくさんいましたから、そういった呪いは避けて来られたのだと思います」


「魔術が使える者がいたなんて話、聞いたことがないわ」


 私は、ラディーレから新たな話が出てきたことに驚いた。


 そもそもラディーレは、私に、ナタリア王国の姫であること、そして最低限のマナーや言語などしか教えてくれていない。


 国や家族がどうなってしまったのかも、私は知らない。


 知らないことばかりだ。


「大変申し訳ありません。身の安全が補償されていなかった生活の中で、安易に情報を与えてしまうのは危険かと思い勝手ながら伝える機会を逃して参りました」


「ラディーレ。こうなったのも何かの運命よ。アルベルトに教えるついでに、私にナタリア王国の話をもっと聞かせてほしいの」


「もちろんでございます。私の命がある限り、マーレ様に困ったことがないよう、精一杯お仕えさせていただきます」


 ラディーレが、かしずいていつものように忠誠を誓うポーズをとり、私は彼の手を取ってぎゅっと握りしめた。 

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