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 朝食会場では、まだラディーレは来ていないようでアルベルトが先に座って待っていた。


「よく眠れたかい?マーレ」


 昨晩からアルベルトは私のことをマーレと呼ぶようになった。

 その方が婚約者として自然だからと言うことだった。


「ええ。暖かい部屋でよく眠ることができました」


「それはよかった。あの教会は海風が強そうだったからな」


 アルベルトは柔らかく笑うと、私に空いた席に座るように促した。

 私は、少し迷った挙句アルベルトから少し離れた場所に腰掛けて「一つ質問しても?」と尋ねた。


「なんでもどうぞ」


「あなたはお父様の他にご家族は?」


「母が一人いるが、別邸に住んでいる。この家は父との思い出が多いそうだからね」


「そうなんですか……」


「そのうち母とも会うと思うが、この家にはあまり寄り付かないだろうね。間違ってもナタリア王国の話はしないでくれよ。彼女は、私がそのことに関わっていると思うだけで、イライラするらしいから」


「あなたのお母様は、お父様を愛していらっしゃったんですね」


「まあ、変わり者の父だったけれど、家族の仲は悪くなかったと思うよ。マーレの家族のことについても教えてくれるか?」


「父と母、そして兄がいたんですが……私は、あんまり覚えていないんです。家族を失ったのは、ほんの六歳の時だったから……」


 記憶の中に残っている雪と、燃える炎が記憶の中に蘇る。

 私の話を聞くと、アルベルトは尋ねてしまったことを少し後悔しているようだった。


「辛い話を聞いてしまってすまないね」


「いえ。大丈夫です。そういう約束で私は、この家にいますから」


 滅亡したナタリア王国のことを、一緒に調べるということは、自分の記憶とも向き合うということだ。


「どうやら君は強い人間なようだ。心強いよ。今日は、私は仕事があって屋敷を留守にするから、ラディーレ殿と一緒にゆっくり過ごしてくれたまえ。護衛として、フォルティス将軍とダリアを置いていこう」


 護衛と言っているが、見張りということだろう。

 私は、笑みを作って頷くと、口を閉じてラディーレがやってくるのを待つことにした。


 そんな調子で一週間が経った時のことだった。


 アルベルトはいつも通り仕事に出かけていて、私は部屋の中から外の景色を眺めていると、ノックもしないで突然部屋の扉が勢いよく開けられた。

 驚いて振り向くと、見慣れない一人の女性が厳しい表情を浮かべて私の方を睨みつけるように見ていた。

 アルベルトの母親ではないかと思ったのは、彼女の顔の作りがアルベルトとひどく似ていたからだった。


 背後からメイドが興味津々といった様子で部屋の中を覗こうとしている。

 移民の娘が公爵家へ乗り込んできたと知れば、アルベルトの母はいい気がしないだろう。


「あなた、お名前は?」


「マーレと申します。奥様……」


 あまりの威圧的な態度に、私は本能的に逆らってはいけないと身をすくめ、頭を下げた。


「……顔をあげなさい」

「は、はい」


「あなたが、アルベルトの婚約者になったというマーレという娘ね。器量は悪くない。頭の出来が悪いかどうかは後で調べるとして……」


 アルベルトの母と思われる女性は、ブツブツと呟きながら私のことを舐め尽くすように見回している。


「あの……」


「いいから、シャキッとしていなさい。ところであなたの出身は?」


「アバルース王国の田舎町です」


 これは、アルベルトと打ち合わせしたことだった。

 万が一誰かに出身を聞かれるようなことがあったら、そう答えるように指示を受けていたのだ。


「なるほど、メイドたちが言っていた移民というのはそういうことね」


 扉の外でクスクスと笑い声が聞こえた。

 チラリと外に目を向けると、メイドたちが余興を見るような面持ちで部屋を覗き込んでいたのだ。


「お前たち!そんなところで油を売っている暇があるなら、さっさと仕事をおし!」


 アルベルトの母は、厳しい口調で一括し、メイドをあっという間に蹴散らした。

 そして、扉を閉めると「ここへお掛けなさい」と椅子を差し出して私を座らせた。

 その仕草が、あまりにアルベルトと似ていたので、私は思わず微笑んでしまうところだった。

 しかし、アルベルトの母の表情が厳しく固い面持ちだったので、私は口を噤み様子を伺うことにした。


「私は、アルベルトの母親のリンデ・レックスと申します」


「よろしくお願いいたします。レックス夫人」


「リンデで構いません。先日、アルベルトから、あなたと婚約をするので一緒に暮らしているという連絡が来て、私はひどく失望しています。なぜだか分かりますか?」


「私の出身の家柄がどこだか分からないからですか?」


「いいえ。あなたの家柄がよかろうが悪かろうがそんなことはどうでもいいのです。問題は、未婚の女性が一人で男性の家に転がり込んだという事ですよ!あなたは自分のことを大事に思う気持ちはないのですか?」


 リンデ夫人の気になるところは、どこかしら、一般的な公爵家とは異なっているのかも知れないと私は思った。


「あの……私は……」


「いいですか。いかなる理由があろうとも、未婚の女性が男性の家に転がり込むと言うことは、絶対にあってはならないことです。今夜アルベルトが戻ってきたあかつきには、その件について厳しく話をさせていただきますから、覚悟するように」


「……承知しました」


「で、アルベルトとは、どうやって恋に落ちたのです?」


「え?」


 リンデ夫人の質問が、突然思わぬ方へと方向転換したので、私は変な声を出してしまった。


「え?ではありません。そんな間抜けな表情で私を見るのはおよしなさい。私は、あの頑固者が、なぜあなたと結婚をしようと思ったのかということを聞いているだけですよ」


「それは……」


 私がナタリア王国出身だったからという言葉が喉元まで出てきて、アルベルトにナタリア王国について母親に話さないようにと言っていたことを思い出した。

 母は、気難しいところがあるから、私らがどうやって恋に落ちたまでは詮索しないはずだ。

 アルベルトのセリフが脳裏に蘇ってきて、私は思い切り聞かれているじゃないかと心の中で文句を言った。

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