4
しばらくアルベルトとともに地下室で過ごした後、私が案内されたのは今まで見たこともない豪華絢爛な客間だった。
アルベルトは、私をこのままこの屋敷に留めておくつもりなのだろうか。
ベッドの端に座りこんで、私は先程のアルベルトとの話を思い出していた。
幼い頃、黄金石を見せたラディーレが「あなたが外に出てはいけない理由は、いずれわかります」と外で遊ぶ子供達と遊びたいと泣き喚いた私に言い放った言葉が、今日の話と重なった。
ラディーレは母の形見がどのような物か知っていたのだ。
知っていたのに、教えてくれなかった理由は何故なのだろう。
ぼーっと考えていると、ノックの音がして私は顔をあげた。
「アルベルト様が、お呼びです」
メイドの声だった。
「わかりました」
私は、ベッドから立ち上がって、扉を開けて、「こちらへ」と言うメイドの後について行った。
昼間通された応接間には、争った跡のあるラディーレが不機嫌そうな表情で私のことを待っていた。
「ラディーレ!」
ラディーレは私のことを見つけると、駆け寄って来て「お怪我は?」と尋ねてきた。
「私は無事よ。ラディーレ。あなたは怪我をしているの?」
「私の不詳でこのような事態になってしまったことをお許しください……」
「あなたが悪いわけではないわ」
「ですが……この者達に、ナタリア王国のことが分かったしまった今、我々はもう隠れきれません」
ラディーレは今までにないほど、絶望している様子だった。
部屋の真ん中にあるローテブルの上には、母の形見の黄金石が乗っている。
「ラディーレ。私に、あなたの知っていることを全部教えてちょうだい」
私の言葉に、ラディーレは驚いて目を開いた。
「どこまで知っておられるのですか?」
「何も知らないわ。私がここで生きている理由も、何もかも」
私の言葉にラディーレは「ですが……」と見守っているアルベルト達を見た。
信用できない人間だとラディーレは思っているようだった。
それを感じ取ったのか、アルベルトが、私とラディーレのところへ歩み寄ってきて「我々は、その黄金石の結晶を見つけ、封印されたナタリア王国の謎が知りたいだけだ」と正直に述べた。
「なりません!」
アルベルトにラディーレは強く食いかかった。
あまりに強い口調だったので、私は驚いてラディーレの方を見た。
「あの国は、強い魔術で封印されています。もう解くことはできません。無理に入ろうとすれば……」
「死んでしまう、だろ」
「それをご存知で、なぜ我々に関わろうとするのです!ようやく生き延びた命。純粋なマーレ様に、二度と戻れない母国の大地へ誘惑するなんて、非情にも程があります」
「二度と戻れないということはないはずだ。あれは、古い封印の呪い。何か手がかりがある。その手がかりがあの黄金石なんだろう?」
「……」
アルベルトの言葉に、ラディーレは首を力なく横に振った。
何か関係があるのは、一目瞭然だった。
「我々は、知りたいだけだ。あの国に何があったのか。あの国にある秘密を」
「ナタリア王国は滅亡した国です。滅亡した国を調べたところで、時を戻すことはできないのですよ。あなた方はこのことを忘れ、我々のことも見逃すべきだ」
「密入国を繰り返してか?それで、お前はこの娘をどうするつもりだ?今度他の国で密入国が見つかれば、お前のマーレ様がどんな目に遭うのか分かっているのか?近頃は、ウータルデ火山の噴火も噂されていて、近隣諸国は密入国者への取り調べが厳しくなっている」
アルベルトの言葉にラディーレは「そこまでナタリア王国に執着する理由はなんです」と尋ねると、彼は静かに答えた。
「私の父が、あの国で亡くなっているからだ」
アルベルトの衝撃の告白に、私は驚いて視線を彼の方へと向けた。
ラディーレも驚いた表情を浮かべながら「あなたのお父様が……」と小さくつぶやいている。
このような告白は、私ももちろんのこと、ラディーレも予想していなかったことのようだった。
「消滅した父は戻らない。だが、生前ナタリア王国のことを熱心に調べていた。だから、当主を引き継いだ私がこの件を執拗に調べるのは当然の流れだと思っている。我々は、ナタリア王国の秘密を知りたい。君たちは、隠れる場所が欲しい。利害は一致していると思うのだが」
私は、余計なことを言ってしまってはいけないと口を噤んで、ラディーレが何を言うのかを待っていた。
幼い頃から私はそうやって肝心な決定権をラディーレに任せていた。
それは、私が何も知らないまま成長してしまっている証拠でもあるのだが。
ラディーレは深く長いため息をついた後、観念したといった様子で「お世話にならせていただきます」と頭を下げた。
「改めて自己紹介しよう。私は、アルベルト・レックス。この公爵家の当主であり、イージェス王国の騎士団の管轄を任されている。こちらに控えているのは、フォルティス将軍と、その部下ダリアだ」
アルベルトに紹介されて、フォルティス将軍とダリアは同時に頭を下げた。
「私は、ラディーレ。もと王宮付きの教育係です。こちらは、旧ナタリア王国の姫君、マーレ様になります」
「嘘!ナタリア王国のお姫様だったの……!?」
ダリアが驚いたように声をあげ、フォルティス将軍が「声がでかい」と注意をした。
「母親の形見だと言っていたから、位の高い人物だとは思っていたが……どうやら大当たりを引いたようだな」
アルベルトは満足そうな表情で、私とラディーレを交互に見た。
「この黄金石を目の前にして、我々を待遇したということに感謝し、ご協力できる所まではいたしますが……」
上機嫌のアルベルトに対して、ラディーレはまだ納得がいっていないようだった。
「ラディーレ。知っている範囲を話してくれればいい。だが、その前に少し君らの格好をどうにかしなくてはならないな……」
アルベルトは、メイドを呼んで衣服を用意するように命じた。
メイドは頭を下げると「早急にご用意いたします」とだけ言って、その場を去っていった。
新しい衣服はすぐに用意されて、私はメイド達に身体中を風呂の中で磨かれている。
たくさんの泡で溢れている温かいお湯の中で、私の身体は丁寧に磨かれていった。
蜂蜜の良い香りが、身体中から発していて、私はあまりの気持ちよさに瞳を閉じる。
「こちらに袖をお通しください」
アルベルトから丁寧にもてなすようにと厳しく指示を受けているメイド達は、私のことをまるで壊れやすい陶器の人形を扱うかのように優しく触れた。
今まで着ていたボロボロの衣服は暖炉の中で燃えている火の燃料として投げ捨てられ、イージェス王国で流行っているらしいドレスが私の新しい相棒となった。
「お綺麗です」
お世辞とも本気とも取れるような口調でメイド達は、私のことを褒めて濡れた髪の毛を丁寧に乾かしてくれた。
すっかり別人となった自分を鏡の中で見た時には、少しだけ豪華で贅沢なものに心を奪われて自分を見失う人間の気持ちが分からなくもないような気がした。
風呂を済ませると、メイドに案内されたのは晩餐の席だった。
そこには、すっかり綺麗になったラディーレと、アルベルトが真剣な表情で何かを話しているのが見えた。
「マーレ様。何と……まるでノヴェス様のようです」
ノヴェスというのは、私の母親の名前だ。
「ラディーレ。私たちの出生のことは秘密にするんじゃなかったの?」
先ほど、準備をする前にアルベルトと共に決めたことだった。
「大変申し訳ありません。私の不詳で、マーレ様には苦労の連続でしたので……そのような贅沢品を身につけることが再び出来るとは」
「感動しているところ申し訳ないが、話の続きをさせてもらえないだろうか」
アルベルトが、私とラディーレにテーブルに着くように促したので、私たちは高価な食器が並ぶ席につき、運ばれてくる暖かな料理を待つことにした。
メイド達が料理を運び終えると、アルベルトはしばらく部屋に誰も寄せ付けないようにと言いつけた。
「食事をしながら話をしよう。まずは君達の扱いについてだが、やはり出生のことは内密にしておいた方がいいだろう」
ラディーレが銀食器を手に持ったまま「もちろんです!」と声を大きく張り上げた。
「だが、出生証明書を偽造して手渡すこともできない。一応立場ある人間なのでね。足を引っ張ろうとする人間は、近くにわんさかいるんだ。ところで、マーレ嬢」
名前を呼ばれたので私は、アルベルトの方を改めて見つめた。
「何でしょう?」
「君に一つお願いがある」
「私にできることでしたら」
アルベルトが何を言うのか興味があって、私は彼の口から次に何が出てくるのか期待を込めて待った。
そして、彼の口から、私の予想もしなかった言葉が出てきたのである。
「マーレ嬢。私の妻になってくれないか?」
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