3

 アルベルトが私の待つ応接間にやって来たのは、太陽がすっかり沈み、随分と時間が経ってからだった。


「待たせてすまなかったな」


 アルベルトは、私の座っている椅子の前に腰掛けて、大理石と思われるローテーブルの上に母の形見の黄金石を置いた。


「うわっ!すごい大きい!どうしたんですか?これ?」


 驚いたダリアが、声をあげた。

 アルベルトはダリアを一瞥した後、私の方を向いて「これを持っている理由を教えてくれないか?」と尋ねた。


「盗んだ……とは疑わないんですね」


 私は、嫌味を言った。


「盗んだとしたのなら、出どころを聞きたい」


「言えません」


 ラディーレに、ナタリア王国のことを話すことは固く禁じられている。

 特に、母の形見のことに関しては、絶対に口外するべきではないと口を酸っぱく何度も言い聞かせられてきた。


「君と一緒に住んでいた男。ラディーレと言う名の男だったな」


 アルベルトが冷ややかに言い放った。

 私の心臓はどきりと跳ねたが、なるべく平静を装った。

 アルベルトは、ラディーレを人質として私と取引きをするつもりなのだ。

 私は、口を噤んだ。


「強制送還の他に、他国に奴隷として売り飛ばすということも私にはできる。もちろん君もね。だが、協力をしれくれるのならなんでもお礼はしよう。この国の永住権も何もかも渡す約束をしてもいい。一緒に住んでいた男もだ」


 私は、アルベルトという男の顔を見た。

 男の目は真剣だった。


「あなたが、そこまでして、この石にこだわる理由はなんですか?」


 母の形見の石が、一人の人間をそこまで突き動かす理由が知りたくなった。

 アルベルトは「今はこちらが質問している」と、理由を話す気はないようだった。


 緊迫した空気が部屋に流れた。

 ここで引いたら、何もかもこのアルベルトという男のいうとおりになってしまう気がしたのだ。


 頑なに口を割ろうとしない私にアルベルトが深いため息をついた。


「わかった。確かに、こちらが何も見せていないのに、君にだけ情報を渡せというのは不公平すぎるな。いいだろう。こちらへ」


 アルベルトが母の形見を持ったまま、部屋の扉を開けて、私についてくるように指示をした。

 私は躊躇したが、アルベルトの後について行くことを決めた。

 この部屋にいつまでも用はない。


 長い廊下を渡り、階段を下りて、アルベルトに案内されたのは、地下室だった。

 地下に向かう時、私は一旦ついていくのを躊躇したが、後ろからついてきたダリアに「アルベルト様は、女性を監禁するような趣味は持ち合わせていないお方ですから安心してください」と言われて恐る恐るついて行った。


 大量に鍵がついている地下室の扉を開けるとそこには、拷問器具の数々、ではなく書庫が広がっていた。


「私の父は、大量の書物を集めるのが趣味でね。それも禁書といった類のものだ。だから厳重に保管しているんだよ。狭いがこちらへ来てくれないか」


「わかりました」


 私がアルベルトの隣に立つと、アルベルトは一冊の本を差し出した。


「この本は、旧ナタリア語で書かれているのだが」


 ナタリアという言葉を聞いて、私は顔をあげた。


「やはり、ナタリア王国を知っているな。言葉の訛りがここのものとも、アバルース、モレスタとも違うからな。まさかと思ったんだが」


 私はアルベルトの顔を見られなくなって「いえ、知りません」と本に視線を移した。


 旧ナタリア語で書かれた書籍の文字は読むことはできなかったが、不思議と挿絵に描かれているナタリア王国と思われる山々には懐かしさを感じた。


「このページを見てくれ」


 アルベルトは、私が知らないと言ったことなど気にも留めていないようだった。

 アルベルトの指先が指している挿絵には、人よりも遥かに大きな黄金の石が描かれていた。


「これは……」


「君が持っていた石の、より大きなものだ。ナタリア王国は十数年前に滅びた。いや、滅びたという言い方は語弊がある。何者かの力によって封印されてしまったという方が正しいかもしれない」


「封印?」


「そうだ。誰も立ち入れないし、あの国に住んでいた者はどこかに消えてしまった。一人残らず全員な」


「どういうことですか?」


「興味が湧いたようだな。こちらばかり話すというのも些か不公平だ。君が話をしてくれるのなら、続きを話しても構わない」


 アルベルトの持っている黄金石の中で、ダリアの持っている蝋燭の火が、ゆらりと揺れた。

 脳裏にラディーレの顔がよぎったが、私は目の前の書物の中に繰り広げられる祖国への好奇心に勝つことはできなかった。


 私は、一体何者で、私の祖先が一体何を隠し、何があって私は祖国を追われることになったのか、知りたかった。 

 どうして、古びた教会の中で誰にも顔を見せることなく引きこもった生活をしなくてはならないのかも。


「この石は、私の母の形見です」


「君がナタリア王国出身の人間であることは認めるね」


「……はい」


 一瞬だけ、アルベルトの瞳の奥が少年のようにきらりと輝いたように見えた。 

 しかし、アルベルトは書物に視線を移してしまったので、彼の瞳を見続けることはできなかった。


「見つけたのが、我々でよかった。あのまま他の国の人間に見つかったら、君は身ぐるみ剥がされありとあらゆる拷問をかけられていただろうな。ダリア、彼女と一緒にいたラディーレという人間をフォルティス将軍に、この屋敷に連れてくるようにと伝えてくれ。後、このことは他言無用で」


「承知しました」


 ダリアは、燭台をアルベルトに手渡すと、深くお辞儀をして地下室を出て行ってしまった。


「ラディーレもここへ連れてくるのですか?」


「ナタリア王国の人間は君一人じゃないんだろう?大丈夫。しっかりともてなそう」


 信じていい人間なのか、私に判断はつかなかったが、ナタリア王国が滅びた理由を知りたかった。

 顔にもやがかかっている家族のことが少しでも分かるかもしれないと思うと、気が急いた。


「先ほどの話の続きをしてくれますか?」


 アルベルトは「椅子にでも座りながら話さないか?長い話になりそうだ」と、地下室の隅に置かれた応接間にあったものと比べたら簡素な椅子を二つ持ってきて私に座るように促した。


「元々、ナタリア王国は、隣国のアバルース王国の領土の一つで、ナルタリアという名前だった。一部の地域が独立して国になるケースは数百年前によくあったケースだそうだ。この書物はその頃に書かれたものらしい。私の父がとあるルートから仕入れたものだ」


「ナルタリア……」


「今は誰も覚えていないだろう。古い名前だ。そのナルタリアだが、時はさらに数千年前に遡り、大陸の中心にあるウータルデ火山が大噴火した。大地にマグマが流れ、海に向かって流れ落ちるように全土に広がっていった。その時、何かの科学的反応が起こったのか、魔術を使える者が手を加えたのかはわからない。ナルタリアの地下に大きな黄金石の結晶を作り上げた。幾度となく地揺れや噴火を繰り返し、盛り上がった土地が山となり、その黄金石は地下深くへと隠されていった。そして、ナルタリア……ナタリア王国の人間がそれを発見するまでは、その土地は何の変哲もないただの凡庸な山岳地帯でしかなかったんだ」


「それが、どうして滅びることに繋がるの?」


「黄金というものは、時に人を狂わせる。私の父もその狂わされたうちの一人だ。この黄金は、莫大な金になる。君の住んでいたあの教会が立派な屋敷になってもお釣りが来るくらいにな」


「でも、それとナタリア王国が滅びたことが、つながらない」


「君の祖国は十数年前に、ひどい飢饉に陥っている。隣国のアバルース王国と関係がうまくいかず物資をとめられ、長く続いた寒期のせいで作物がうまく育たなかった。その年の冬に、大きな地鳴りがして、ナタリア王国は消えた。消えた理由はわからない。そして、その土地に誰も入ることができない。ただいえることは、この黄金石の結晶は、今も旧ナタリア王国の地下に眠っていて、この情報を知り得る者全てが、その黄金石を手に入れようと狙っている」

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