第59話 相容れないまま



「明日、婚約者が訪ねてくる」


夕食を終え自室に戻って乳母達に告げると、途端に彼女達が目の色を変えた。

乳母はすぐさま侍女達に指示を飛ばし、深く頷いた侍女達は指示に従い各自走り出す。

その様子を唖然と眺めていた私はズルズルと乳母に衣裳部屋まで連行され、端から端まで数十着はあるドレスを私の身体に当てて吟味している乳母の邪魔をしないよう大人しく立っていた。


ドレスを選ぶ基準は髪色と肌の色だけではなく、体型や背丈も関係してくる。

暖色系や寒色系、ハイネックやオフショルダーなど、一番自分に似合う物を選び季節に合わせたドレスを作らせるのだが、生憎此処の衣装部屋にあるドレスは昔の私のイメージでサイズだけを変えて作らせたらしく、どのドレスも微妙に似合っていない。


女性にしては高すぎる背丈、顔の輪郭も身体つきも締まっていて女性特有の丸みもない。唯一の救いは胸が順調に成長してくれていることだろう。


「ここまでドレスが似合わなくなるとは思わなかった……」

「いいえ、お嬢様が悪いわけではなく、此処にあるドレスが悪いのです」

「そ、そうか……」


鬼気迫る勢いで「コレも、ソレも駄目だわ、廃棄しなさい!」と、次々とドレスを投げ捨てる乳母に怯えつつ残っているドレスへ目を向け、乳母が納得するような物はこの中にはないだろうと思いながらジッと耐え続けた。



――その所為でドレスに溺れる夢を見て、朝魘されながら起きたのだが……。



紅茶と果物だけの朝食をさっさと済ませたら直ぐに身支度を始める。

フロイド様が屋敷へ訪れるのは早くても午後だと予測し、それに合わせて侍女や侍従、調理室の者達を動かす。


念入りに傷んだ髪と肌の手入れをしたあと、用意されている服に着替えてドレッサーの前に座ると、侍女が私の顔に薄く化粧を施している間に別の侍女が髪を整えていく。

公の場ではないので化粧や髪結いにそれほど時間は掛からず、紅茶を一杯飲む間に終わってしまった。


「やはり、その恰好に落ち着くのですね……」

「軍学校の制服は正装に準ずる物であり、正式な場に着て行ったとしても咎められない筈だ」


しっくりくるドレスがなかったのだから仕方がない。

額を押さえて嘆く乳母とは逆に侍女達は頬を染めて褒めてくれたのだが……。


「ですが、婚約者様の前に出るような恰好ではありません」

「だが……これが一番似合っていただろう?無様な姿を晒すくらいなら制服の方がまだマシだと思うのだが」

「お嬢様、そのお言葉遣いもお気をつけください」

「……分かっている、わ」


乳母の胡乱な目を躱し、婚約者との席に紅茶だけではなく軽食や菓子を用意させているので昼食をどうするか皆で話し合っていると、部屋の扉がノックされた。

対応しに行った侍女が慌てながら後ろにブラムを連れて戻り、普段何事にも動じないブラムが困惑顔で「フロイド・アームル様がお着きです……」と口にする。


領地から領地へ何週間もかけて移動するのとは違い、王都の中での移動なので数時間もかからずに互いの別宅を行き来できてしまう。

で、現在の時刻はまだ昼食前。

恐らく、起きて直ぐに支度をして急いで屋敷を出たのだろう。


「……何か、急ぎの用だろうか?」

「何も仰ってはいませんでしたが、お聞きしてきましょうか?」

「いや、緊急の用件があるのなら直ぐに向かった方が良いだろう。お茶の準備を急がせるように、私は先に大庭園に向かう」

「では私がお嬢様に付きますので、乳母は指示を」

「畏まりました」


婚約者であるフロイド様と会うときは、必ずお母様の為に造られた大庭園のガゼボだった。

給仕する侍女や護衛のことを考え、一般的な物とは違いかなり広く作らせたガゼボは私のお気に入りの場所でもあり、久々にそこでお茶が出来ることに少し浮かれていた。


意気揚々と婚約者が待つガゼボへと足を向け、強い日差しの下に咲く鮮やかな色の花々の間を通り空気を吸い込む。大好きな庭園の中を久々に歩き、お母様との思い出が詰まったガゼボの外観を視界に捉えた瞬間浮かれた気分は吹き飛び、その場に立ち尽くした。


「……ブラム」


背後に立つブラムへ声を掛けるのと同時にブラムが動き私の横を駆け抜けた。

ガゼボの周囲にはアームル家の護衛が数人、ガゼボの中には我が家の侍女が一人。


「どうして、ミラベルが居るの……」


声はまだ聞こえないが、丁寧な対応でガゼボからミラベルを追い出そうとしているブラムをフロイド様が制しているように見える。

侯爵家の子息とはいえ此処でのフロイド様の立場は私の婚約者でしかない。

まだ家族でもないのに他家の問題に口を出すことは失礼にあたり、当主に代わり屋敷内を管理しているブラムを叱咤するということは、当主を非難することと同義となる。


――常識すらないとは……。


一歩、また一歩と近づき、ガゼボに足を踏み入れた。


「お久しぶりです」


二人掛けのソファーにミラベルと仲良く座っている婚約者を冷たく見据え、対面に置かれている一人掛けのソファーに腰を下ろした。

テーブルの上には昨夜から用意させていた軽食や菓子が綺麗にスタンドの上に並べられ、甘い物が苦手な婚約者の為に選んだ癖がなく飲みやすいハーブティーも置かれている。


和やかな空気で三年前のことを話題にだし互いに謝罪したあとこれからのことを話す予定だった。


――それなのに、また、コレだ。


ミラベルの前に置かれている皿の上には口を付けたセイボリーと半分に割られたスコーン。彼女の手の中には自身のカップではない物が……。


「……セレスティーア、なのか?」

「他に誰だと?」


目を見開いて驚く婚約者は相変わらずミラベルと一緒で……三年前の再現でもしたいのだろうかと失笑し、ミラベルへと視線を移した。


「何故ミラベルが此処に?」

「ごめんなさい、義姉様。その、偶然此処に来てしまって、それで」

「偶然……?離れから此処まで随分と離れていると思うが?」

「教えてもらった小道を通って散策していたら此処に辿り着いたの……あの。ごめんなさい。私、失礼します……!」

「待って、ミラベル。……セレスティーア、妹なのにどうして冷たくするんだ?」


驚いた……三年前は私と目も合わすだけで委縮していた人が、今はミラベルの為に私を睨むのだから彼も随分と変わったものだ。


「フロイド様……私のことは良いのです。義姉様と喧嘩をしないで」

「良くはないだろう?何故君が謝罪する必要がある?」


怯えるミラベルの手をそっと掴み、宥めるように優しく声を掛けている婚約者を眺めながら、眉間の皺がどんどん増えていく侍女に手を挙げてお茶を頼む。


「義姉様は私が居たら迷惑だから」

「迷惑……?」

「だって、私は家族じゃないって、そう義姉様に言われて……」

「……セレスティーアに?」


訝し気に私を窺う婚約者に頷いてやる。

可憐な少女が涙を堪えながら訴える言葉に嘘はなく、何が悪い?と肯定する私は事情を知らない第三者から見れば悪だ。


「本当なのか……」

「えぇ」

「確かにミラベルは養女だが、あまりにも酷い言葉だとは思わないのか……?」

「本当のことですので」

「ミラベルの侍女を解雇したというのも本当のことだったのか……」

「そうですね」

「彼女に辛く当たる理由はなんだ?後妻や養女を受け入れたのは伯爵であって、彼女達に非はないだろう?」


喉まで出かかった「くだらない」という言葉を紅茶と一緒に飲み込み、空になったカップを置いた。


「何か色々と誤解されているようですが、一言よろしいでしょうか?」

「……」

「冷たかろうが酷い言葉を浴びせようが、全て我が家の問題であって、関係のない貴方に説明する義務は一切なく、寧ろ口を挟むことが失礼にあたるとお気づきですか?」

「私は、君の婚約者で……」

「婚約者でなかったら今頃二人揃ってお母様の庭園から追い出しているところです」

「追い出す……?」

「ミラベル、下がりなさい」

「……義姉様」

「聞こえなかったの?それとも、またフロイド様に助けてもらおうとしているのかしら?生憎、彼には何もできないわよ?」

「セレスティーア、少し落ち着いて話し合うべきだ。君達は姉妹なのだから……」

「フロイド様、ありがとうございます。でも、私が全て悪いのです。義姉様、すみませんでした……失礼いたします」

「ミラベル……」


ガゼボから出ていくミラベルを視線で追う婚約者に溜息を吐き、侍女が淹れ直してくれた温かい紅茶を口に含む。


「君は、人を傷つけることを厭わないのだね……」


ポツリと零した婚約者の言葉に胸が痛み、わーっと喚きたくなる気持ちをどうにか押し込め、笑顔を顔に張り付ける。


「貴方は何年経っても何も学ばれないのですね……」


結局、私達は永遠にこのままなのだろう……。



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