第58話 ミラベルの逆襲



乙女ゲームのヒロインは大抵が素直で良い子、更に天然なのかあざといのか鈍感なキャラが多い。【guardian】のヒロインも例に漏れずその類で、貧乏だった男爵家から伯爵家の養女になって恐縮するどころか、セレスティーアと同等の扱いを平然と甘受するような少女だ。

毎朝、早朝に朝露に濡れた花を眺める為に美しい庭園へ向かい、ひとしきり堪能したあとは庭師が丁寧に育てている花を貰い侍女へ手渡し養父様の執務室へ飾ってもらう。

レースやフリルの沢山ついたワンピースで朝食の席に着けば、テーブルの上にはクロワッサンとブリオッシュ、ふわふわのオムレツにベーコン、温野菜とフルーツジュースが。

ヒロインが好む物ばかりが並べられた朝食を間食し別室へと移動すると、そこには家庭教師が既に待機していて、語学、地理、歴史、芸術と幅広く授業が行われた。

成人前になると淑女の教養と称されるものが授業に全て追加され、休む間もなくなるという。


男爵家のときとは全く異なる生活に早く馴染もうと健気に頑張るヒロイン。

横暴なセレスティーアの仕打ちに耐えながら、徐々に周囲に認められ幸せになる設定なのだけれど……。


「なによ、アレ」


昨夜の夕食の席でのセレスティーアの態度や言葉に何度も怒りが込み上げ中々眠れず、今迄義務のように行っていた早朝の庭園散策を止めて、今日は一日惰眠をむさぼることにしたのだ。


起こしに来る専属侍女はもう居らず、昼前に目を覚ましたミラベルはレースの沢山ついたパジャマを脱ぎ捨て、クローゼットから適当に出したワンピースを着て隣室へと移動した。

娘の寝起き姿を目にして驚いた顔をしている母をミラベルは一瞥し、まだ片されていない遅い朝食を無言で食していく。


本当は可愛らしい服もドレスも嫌いだし、パンや小麦を丸めた物ではなくお米が食べたい。

桃色のティーカップの中身は砂糖がたっぷりと入っていて、コレは紅茶ではなく砂糖水だと抗議したくなる。いつもなら食後に何度も息を吹きかけて冷ましてから飲んでいたのだが、そんな気分になれずソーサーを指で押し遠ざけた。


選択一つで幸せにも不幸にもなるヒロイン。

不幸になりたい人間なんて誰一人居ない。他人を蹴落としてでも幸せをと望む筈だ。


――だから、完璧にゲームのヒロインをコピーして演じているというのに……。


「あんなの、もう別人じゃない……」


三年前に突然行方をくらましたセレスティーアが昨日前当主と共に戻って来た。

女王のように沢山の侍女や侍従を従えた美しく完璧な伯爵令嬢は見る影もなく、痛んだ髪に日に焼けた肌、整った容姿はそのままで威圧感が増し、見上げるほどの背丈と乱暴な口調の所為で初対面だったら確実に性別を勘違いしているところだろう。


――アレでは悪役令嬢ではなく悪役令息だ。


深い溜息を吐いたあと苛立ちが抑えきれず髪をぐしゃぐしゃに搔き乱した。


「今日はご機嫌斜めなのね?」

「……ん」


母に差し出されたお菓子を口に放り込む。

いつもの甘ったるい値段が高いだけのお菓子ではなく何故だろうと首を傾げると、「新しい侍女の子が持ってきたのよ」と母が口にした。


「腹が立つ……」

「品のない言葉を使わないでちょうだい」

「だって、お母様は悔しくはないの?専属侍女は勝手に解雇されて、私は昨夜の夕食の席で家族じゃないって、養父様や前当主様の前で義姉様に言われたのよ!凄く、悲しかったのだから……」

「しょうがないわ、本当のことですもの」

「お母様……!」

「贅沢をさせてもらっているし、貴方の婚姻相手や持参金の心配もないのよ。感謝して生きていかないと」


いずれは契約ではなく正式な妻にと夢を膨らませていた母は、バルド・ロティシュから釘を刺されて以来態度を一変させた。

後妻というよりは居候として振る舞うようになり、離れへ移動することも二つ返事で了承し、昨夜の夕食も考える素振りすら見せず即断っていた。


「……欲がないのね」


ゲーム中盤になると、ヒロインはこの家で本当の娘のように扱われバルド・ロティシュから溺愛される。勿論そこにはヒロインの母もいて伯爵と仲睦まじい様子が窺えたが、このままだとその未来は訪れないだろう。


どんどんゲームとは変わっていく周囲の環境。

誰の所為かなんて分かりきっていること。

大事なイベントが控えている音楽祭の前に確認したいことがあって、無知な振りをして夕食の席についた。


セレスティーアが転生者だとしても、【guardian】というゲームをプレイしたことがなければそれほど脅威にはならない。

けれど、ラノベでお決まりのゲームの内容を全て把握している転生者だとしたら……。


「……考えすぎだったけど」


ヒロインと王太子が湖で目を合わせるスチルが神だと騒がれたこともあり、ヒロインの真っ白なドレスとピンクの髪飾り、王太子の瞳の色である金で揃えた装飾品はとても有名だ。

だからこそ敢えて口にしたのに、どんな反応をするのかとつぶさに観察した結果、前を同じく白だと判定を下した。


「アレが演技だったら……マズイけど」


困惑しているように見えたがどうなのだろうかと思案しつつ、窓から外を覗く。

流石にまだ時間的に早いかな?と思い門の方を見ていれば、侯爵家の家門が入った馬車が敷地内へと入って来た……。


「ほんと、腹が立つわね」


今迄あんなに愛嬌を振りまいて構ってやったのに、フロイドが王都の学園に入って王太子の側近になってからは毎月遣り取りしていた手紙が途絶えてしまった。

攻略する気はないが、王太子の側近という立場は使えるので手放すことはしたくない。


「お母様、新しい侍女はどうなっていますか?」

「三日以内には選別するとセレスティーアの乳母が言っていたけれど。早めてもらいましょうか?」

「ううん、大丈夫よ」

「そう?音楽祭の日までは屋敷から出る予定はないから、侍女は呼ぶまで来なくて良いと言ってしまったの」

「元々前の家では侍女なんて居ないようなものだったから、それで良いわ」

「そうよね」


寧ろその方が助かると思いながら自室へ戻りクローゼットに手を伸ばす。

淡い色のスカートにボリュームのあるワンピースを取り出し、今着ている適当に選らんだ服を脱いだ。


「時間的に……お茶の用意をさせるなら庭園よね」


服に巻き込んだ長い髪を手で出し、鏡の前で顔を左右に動かす。

鏡の中には小動物のような庇護欲をそそる容姿を持つ愛らしい少女がいて、流石ヒロインだと感嘆する。


「ミラベル?何処へ……」

「少しお散歩に行ってきます」


何か言われる前に部屋を出て、離れにある小さな庭園へと足を向ける。


当主家族が使用出来る別宅の二階の部屋はもう使えず離れへと追いやられはしたが、ただでは転ばなかった。

庭園の手入れや維持管理をしている庭師と仲良くなり、彼等が大庭園に向かうときに使用している草や木で隠れた小さな小道を教えてもらい、こっそりと当主夫人の為に造られた大庭園に入りガゼボでお茶を飲むのが小さな反抗だったが。


「案外役に立つものよね」


小道をゆっくりと進んで大庭園へ辿り着くと、腰を落として茂みに隠れながらガゼボを目指す。

目視で確認できる距離まで近づくとガゼボには数人の護衛とフロイドが。

どうやらセレスティーアはまだ来ていないらしい。


――さて、どうしてやろうかしら……。


伯爵からはセレスティーアとフロイドの二人に同伴せず離れるようにと言われている。

でも、偶然だったら誰も文句を言えないだろう。

その場で立ち上がって態と茂みを揺らして音を立てたあと、ガゼボに向かって声をかけた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る