第50話 そちらの喧嘩は買います

「挨拶は必要なさそうなので省略させていただきます」

「あぁ」

「文官クラスと武官クラスではどういった内容の授業を行うのか教えてもらえませんか?」


隣に座っているシルから「……んんっ?」という疑問の声が聞こえたが、別に喧嘩を買うつもりで手を上げたわけではない。


「……どのクラスであろうと読み、書き、一般常識といった学業は勿論、剣術、体術、乗馬もクラスによって合格基準は異なるが必修授業となっている」

「一年目は基礎知識の教育と、基礎体力作りだと聞いていたのでそれのことですね」

「基礎的なことや、武器の扱いを知らない成人前の子供をいきなり扱くわけにはいかないからな。大抵の場合は一年間様子を見ながら、そのクラスの担当教員が指導内容を都度決めていく」

「剣術、体術などは武官クラスと合同ですか?」

「正確には、文官、武官との合同だ。訓練場は三つあり、その内の一つを一年だけが使う」

「二年目からは、どこの軍部を希望するかによってクラスを分けるとも聞いたのですが」

「情報元はどこだ……」


軍人には事欠かないので……と、嫌そうな顔をするハリソンに向かってにっこり微笑む。


「文官クラスでは、書類事務、経理、機器関連や、軍医、衛生といった医療関係から自身で選択させクラスを再編成する。だが、武官クラスは、戦術、戦略、本格的な武器の扱い、野外演習など、将来の指揮官や参謀を想定して皆が同じものを学ぶ。その為、学力と模擬試合の結果によって再編成ではなくクラス内で上位、中位、下位と分けられ順位付けされる」

「その順位というのは、学力試験よりも模擬試合の結果の方が大きいのでしょうか?」

「そうだな……」

「三年目からはクラス編成は行わないのですよね?」

「お前、俺に聞く意味あるのか……?」


軍学校を卒業して何十年も経っている人達が情報元なのだから、色々間違っていないか確認するのは当たり前のことだ。


「あー……三年目からはクラス編成は行わない」

「この学校で序列の上位にいたければ、二年間死ぬ気で頑張らないといけませんね」


肩を竦めながらそう呟くと、ハリソンが何かを言う前に前の席の方からぷっと吹き出す声が聞こえ、そちらへと顔を向けた。


廊下側の席に固まって座っている三人組。

頬杖をつきせせら笑っている栗毛の少年が左右に座っている二人に何か囁き、更に笑いが起きる。彼等は入学式で敵意を隠さず此方を窺っていた者達だ。

栗毛をジッと見つめていると、何を思ったのか彼はニヤッと口角を上げ「あぁ、すまない……」と謝罪を口にしたので、軽く頷いてやりハリソンへ顔を戻す。


「混合クラスにも武官クラスのような順位付けがあるのですか?」

「学力試験と模擬試合の両方で順位を付ける。どちらかだけに偏っていても駄目だ」

「混合クラスはこのまま卒業までですか?」

「いや、三年目からは他クラスと同様に本人が希望するクラスに分ける予定だが……」


このクラスを特別だと言っていたが、要は権力を持つ厄介な貴族の子を一ヵ所に集めて隔離し、二年の間に無駄に高い鼻っ柱をへし折る気なのだろうか……?


「セレス……セレス……」


シルに袖をクイッと引っ張られながら小声で呼ばれ、何事かと横目で窺うと、眉を下げ悲し気な顔をしたシルがとある場所を指差していた。


気付いていなかったのではなく、敢えて無視していたのだが……。


仕方なくシルが指差す先に目をやると、栗毛がふるふると肩を震わせながら物凄い形相で私を睨んでいる。


「女のくせにっ……!」


女性蔑視的な価値観を持つ貴族がまだ存在していたのかと呆れながら、私の反応を窺っている栗毛に対して顔を横に振って見せた。


授業初日である今日はクラスメイトとの顔合わせと、授業内容の説明程度だと、担当教員であるハリソンが自己紹介と共に口にしたのを覚えている。


「ハリソン教員、このあとの予定は?」

「……特にないが」


眉を顰め訝しむハリソンは明日から特別授業を始めるつもりでいたのだろうが、それでは遅い。


「でしたら夕方とは言わず、今直ぐ基礎体力訓練を行いましょうか」


どうやら、真っ先に鼻っ柱を折らなくてはならない奴がそこにいるようだから。

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