第48話 寮
学舎から女子棟へ歩いて行くと、途中から季節の花が咲き乱れる草原のような景色に変わる。自然そのままの姿に思えるが実際は人の手によって管理されている庭で、均整が難しく維持するのも一苦労だと本邸に居た庭師が教えてくれた。
花を眺めながら園路を進めば赤レンガのこぢんまりとした寮が見えてくる。
庭の一角に置かれているテーブルとチェアーを横目に、開かれた玄関先にある小さな花壇に口元を緩めながら寮の中へ入った。
入学式を行っている間に荷物は寮へ運ばれている筈なのだが、広い玄関ホールにはなく、取り出した自室の鍵の番号を確認し奥にある階段を上がって行く。
女子棟なのだから賑やかな声の一つや二つあっても良さそうなものだが、寮の中は閑散としていて、意識しなければ分からないほど小さく鳴る床の軋み音が聞こえるほど。
恐らく、男子棟の方が此処よりも賑やかだろう。
部屋の扉の隅に彫られている数字を目視し、一度深呼吸をしたあと鍵を差し込んだ。
初めての寮生活、しかも同室なのだから、昨日会った三人の内の誰かだと分かってはいても緊張する。
まぁ、理由はそれだけではないのだが……。
部屋に入ると大きな窓があり、左右にはベッドと机に本棚がそれぞれ置かれている。
想像していた通りの如何にもな部屋に笑みを浮かべながら、部屋の隅に置かれている一人分の荷物に気付いた……。
「……」
女性軍人自体少なく、そのほとんどがトーラス出身。
何年かに一度は今年のように数人入学することもあるが、それは稀なことで……。
毎年一定数入る男子棟とは違い、女子棟は常に部屋が空いている状態だと、入寮手続きをしていたときにリアッタさんから聞いていた。
寮の中が静かなのは今年入った四人以外誰もいないから。
本来あるべき二人分の荷物が一人分しかないのは、二人部屋を広々と一人で使用しても良いという、リアッタさんの配慮なのだろう。
「……」
諦めきれず部屋の隅々まで目を通したあと、崩れ落ちるように床に転がった。
――コン、コン、コン……。
冷たい床と別れたあと、泣く泣く荷物の整理をしていたら部屋の扉が叩かれた。
エリー、リリン、ルナの誰かだろうと返事をすればゆっくりと扉が開かれ、ひょこっとリリンが顔を覗かせる。
「……あの、昼食をお庭でって、リアッタさんが」
焦げ茶色の髪を横で一つに結び、可愛らしいリボンを付けている。物静かな性格なのか、昨日も一歩引いて微笑んでいた。
「セレス……?」
「あぁ、すまない。呼びに来るならエリーだろうと思っていたから」
「本当はそのつもりだったんだけど、荷物の整理がまだ全然終わらないらしいの。だから私が代わりに」
「そうか」
苦笑しながら扉から顔を覗かせたまま動かないリリンに「おいで」と手招きし、入って来るよう促す。
憧れていた同室の夢が消えたのだから、せめて互いの自室を行き来するくらいには仲良くなりたい。
「お邪魔します……部屋の中の造りは同じなんだね」
「私はまだ他の部屋を見ていないから何とも言えないが、あとでリリンの部屋を見に行っても構わないか?」
「……え!?」
「ん……?」
「どうぞ……」
顔を真っ赤にして俯くリリンの頭をポンポン……と叩いたあと、本棚に本を並べ、机に小物入れを置き、荷物が入っていた鞄を片付けた。
「……さて、お待たせ。昼食に向かおうか」
「意外と荷物が少ないんだね」
クローゼットに掛けられている服は制服の他には数着程度で、下に置いてある靴も三足ほど。寮暮らしなのでドレスも装飾品も必要がなく、持ってきた物は櫛や手鏡といった小物だけだが、その代わり本だけは大量に持ち込んである。
「意外かな……?」
自室の鍵を閉めながら呟くと、隣でリリンが何度も頷く。
「だって、セレスは貴族のお嬢様なのに」
「貴族らしく本棚は充実していると思うが?」
「んー、確かに。でも、クローゼットの中には予備の制服とジャケットにシャツくらいしかなかったよ?靴だって今履いている靴と同じ物だったし」
「学舎と寮の往復になるだろうから予備の制服も中に着るシャツも少ないくらいだ。靴だって直ぐに磨り減るだろうね」
「もう、あれならエリーの部屋にある服や装飾品の方が多いよ?」
「持ってきても使う機会がないと思うが……まさか、片付けが終わらない理由がそれか?」
「うん」
どれだけ持ってきたのかと口元を引き攣らせながら、エリーの部屋には暫く近づかないことにしようと決めた。
「……良い匂いがする」
「お庭でお肉を焼くって」
「野外料理か……リリン」
玄関を出ると肉が焼ける匂いがし、庭に置かれているチェアーとテーブルの側でリアッタさんが笑顔で肉や野菜を焼いている。
その横には真剣な顔で網の上に野菜を置いているルナと……。
「何故、エリーが私達より先に此処に……?」
「えーと、どうしてだろう……」
手にフォークとプレートを持ち、頬を膨らませながら咀嚼しているエリーが居る。
恐らく、肉の匂いに勝てなかったのだろう。
幸せそうな顔をしているエリーに近づき、フォークで次の肉を刺し満面の笑みを浮かべる彼女の顔を覗き込んだ。
「荷物の整理は終わった?」
「……へあっ!?え、荷物……って、リリン!?」
「エリーは王子様よりお肉なんだね」
「ちがっ!?違うから!これは、その……」
「違わないわよ?誰よりも早く肉を食べているじゃない」
「……っ、ルナ!?」
フォークを振って弁解をしようとしているエリーの腕をそっと掴んで動きを止めた。
……大切な肉が地面に落ちそうで怖い。
「セ、セレス……?」
小刻みに震えるエリーの手の先にある肉をどうしようかと悩み、ルナの「早く食べなさいよ」という声に反応し、鼻先にぶら下げられている肉に齧りついた。
焼いたばかりなのかまだ温かい肉は柔らかく、砦の肉よりも美味しく感じる。
「……」
「エリー……?生きてる?」
「リリン、今のうちに食べないと、全部エリーに食べられるわよ?ちょっと、セレスは野菜も食べなさい!」
「まだ沢山あるから大丈夫よ」
手伝いは不要だとルナに言われ大人しくプレートを持って待機する。
野菜を食べながらジッと網を見つめていたからか、リアッタさんが肉を追加してくれた。
「……っ、うっ!」
「エリー、エリー!?取り敢えず、呼吸して……!」
「もう放っておきなさい。そのうち正気に戻るわよ」
静かだった寮に響く賑やかな声。
目を細め口元を綻ばせているリアッタさんを見て私も嬉しくなる。
楽しみにしていた寮生活。
「……ちょっと、セレス!その肉はまだ焼けて、こら、口に入れないの!出しなさい!生焼けなのよ!?」
その初日は及第点だと、口の中に入れた肉を慌てて飲み込んだ。
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