第44話 涙と黒歴史
手元の野菜をフォークで突き、色々と思い出しながら溜息を吐く。
彼女達とは自己紹介もしたし、そのあとも一緒に行動していたのだから、もう友達という認識で良いのだろうか……?
思い描いていたものと多少違っているような気もするが、ともあれ、サーシャが言うように軍学校での同性の友達はとても貴重だ。
――何せ。
「同性の友達と言われても……私を含めて四人しかいなかった……」
軽い身体検査の場に現れたのはたったの四人。
時間に遅れてしまったのだろうか?と職員に訊いたところ、私達で全員だと言われ唖然としたのだ。
「毎年そんなものよ。私達のときも……確か、五人だったわよ」
「そりゃそうだろ。男と違って軍学校に入る女は珍しいからなぁ……。いたとしても、ほぼ全員文官クラス。あ、セレスは武官、文官のどっち?」
「従弟が両方受けているようだから、私もそのつもりだ」
「うわ、本気でソレやるのか……」
「もうその時点で同性の友達は難しいかもしれないよ?武官クラスは実習や遠征が多いから、一週間は平気で街の外に出ているし」
「五日目ぐらいで皆目に生気がなくなるんだよなぁ……」
「戻ってきた直後の汚さね……酷い匂いがするのよ、こいつら」
サーシャが笑いながら鼻をつまんで見せると、トムとダンが胸元を押さえ「ううっ……」と呻き声を上げ、私達の近くに座り話を聞いていた者達も呻き声を上げてテーブルに突っ伏してしまった……。
「そもそも、セレスには頼もしい従兄の先輩がいるんだから問題ないわよ。あの二人ならクラス関係なく友達も多そうだし、私達の代でもすっごく人気があったわ。それに、あの二人なら遠征後でもいい匂いがしそうよね……」
「いや、どう頑張っても臭いだろうが!?だよな?」
何日も野営なんてしたことがないから分からないが、あの二人が良い匂いがするかと訊かれたら流石にそれは無理だと……。
ダンに同意を求められたので大人しく頷いておく。恐らく私も臭くなるだろうから。
「従兄って、ルジェ大佐の息子達のことだよね?あの二人か……」
猛抗議するダンを無視してサーシャが従兄の良いところを語っていると、珍しくトムが苦笑いをしながら言葉を濁した。
ルジェ叔父様の息子といえば、昨年成人した長男のロベルトと、今年成人する次男のリアムの二人。どちらもまだ軍学校に入っていて、トムとダンが軍学校で関わったことがあるとしても一年くらいのものだろう。
その短期間に一体何があったのかと胡乱気な目で二人を見ると、私に抱き着いたサーシャが耳元でこっそり教えてくれた。
トムとダンが彼等を毛嫌いする理由は「妬みと僻み」らしい。
「セレス、何その顔……!?え、止めて、俺泣くよ?」
「サーシャ、セレスに何を言ったんだよ……」
「若くて、将来有望、才能ある貴公子に嫉妬する野郎共の話よ。そんな睨まなくても、此処に居るほぼ大半が思っていることだから大丈夫でしょ?」
「……確かに、あいつらは周囲から頭一つ出ている美男子だ。が、今年からは違う……!何故なら、今年からは我らの仲間であるセレスが、軍学校での人気をまるっと全て掻っ攫うからだ!わーっははははは……ぶっ!?」
椅子の上に立ち高笑いしていたダンの背後からトレーが飛んできて綺麗に頭に命中した。私達は痛みで見悶えているダンを一瞥し、角じゃなかったのが幸いだろうと此方を睨んでいるニック大佐からそっと顔を逸らす。
「サーシャが言ってることも一理あるんだけど、ルジェ大佐の息子達は少し、その、性格面に問題があるというか……」
「あー、痛い……。つーか、ハッキリ言わないと分かんないぞ。要は、ロベルトもリアムも性格が悪いんだよ」
「いや、性格が悪いというか、癖が強いというか。その辺はセレスの方が詳しいんじゃない?」
幼い頃に何度か会ったことはあるが、もう顔くらいしか記憶にない。
王都に居る叔母様と彼等の妹であるリジュとは交流があるが、トーラスに居る彼等と会うことはなく、トーラスへ来てからも従兄は軍学校の寮に居るので会う機会もなかった。
そんなことを考えている間に話題は次々と変化し、途中で何の話をしていたのか忘れることもあったが、それもまた楽しくて笑い合いながら時間は進んでいく。
「そろそろお開きだな……」
そう小さく呟いたダンに視線を向けると、彼は椅子の背凭れの上に置いた両腕に顎を乗せ、御爺様達が集まっている場所をジッと見つめている。
柄にもなく悲しげな声を出すダンの背中を、私はぼんやりと眺めながら耳を傾けた。
「……この街の住民に、ロティシュ家を悪く言う奴は一人も居ない。フィルデ・ロティシュが、貴族で領主様っていう立場の癖に、常に先頭に立って剣を振るってきたから。あの人に守られ、そんな偉大な人の背中を見て育つんだよ。凄いよな……あの人がこの街の領主で、元帥で、上司であることが誇らしい」
普段ヘラヘラと笑っているダンが真剣に語っていることに驚き、相槌すら忘れ聞き入ってしまう。
「だからさ、セレスが此処に来たとき結構戸惑ったんだよな。あの人の孫で、現領主の娘であり、次期領主。辺境で暮らす俺達にとっては王都に居るお姫様と大差ないんだよ……それなのに、どう扱っていいのか分からないうちにいつの間にか馴染んでるし、厳しい訓練に必死にしがみついて泥だらけで歯を食いしばってるじゃん?あぁ、この子もやっぱりロティシュだわ!って、納得したよな……」
「俺は孫にも容赦ない元帥が恐ろしかったけどね」
わざとらしく肩を竦めたトムがニッと笑うと、背を向けていたダンが身体ごと振り返り
真っ直ぐ私を見つめ微笑んだ。
「セレスは軍人にはならないから、もうこうして一緒に訓練して生活を共にすることはない。でもさ、それでもセレスは仲間だって、俺は勝手にそう思うことにした!だから、何があっても最前線は死守してやるから。絶対に他国の侵入なんて許さないし、戦争が起きてもお前のところまで敵を向かわせない。安心して領主として踏ん反り返ってろ!」
「セレスを仲間だと思ってるのは、俺じゃなくて俺達全員だから」
視界が滲み、ポタポタとテーブルの上に涙が落ちていく。
「……もう、ほらセレス、こっち向いて」
サーシャに顔を拭われ、いつの間にか静まり返っていた食堂内を見渡せば、泣いている私を見て皆微笑みながらグラスを高く上げ、一気に中身を飲み干す。
御爺様もグラスを振って見せ、ルジェ叔父様やニック大佐も笑みを浮かべながらグラスを高く持ち上げる。
「……ありがとう」
もう本当に最後なのだと……素直にお礼を口にし、私も水が入っているグラスを持ち上げた。
そこからは暫くの間涙が止まらず皆を困らせることになり、翌朝は瞼が腫れて目が開かないという事件が起きた。
尚、この感動の送別会と称された話は何故かランシーン砦で代々語り継がれることとなり、数年後、再び此処へ足を踏み入れることとなった私は恥ずかしさのあまり片手で顔を覆い奇声を発することになるのだが……。
良い天気だと窓の外を眺めながら新しい生活に胸躍らせていた私は、未来の私が過去に戻れたら真っ先に自身を抹殺しようと決意することになるなんて、想像すらしていなかった。
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