第43話 送別会



「んんっ……では、セレスが居なくなるのは寂しいけど、仲間の新たな旅立ちを祝ってー!乾杯……!」


乾杯の声を高らかに響かせ、私の送別会が始まった。

ダンの短い挨拶が合図となりあちこちからグラスのぶつかる音が聞こえ、それと共に皆から励ましの言葉をかけられる。

こういった催しは年齢によって退役する者がいるときに開くらしいが、近年は御爺様に倣い退役したのに砦に居座る者が増えているのでなくなっているらしい。

その為、訓練もなく好きなだけ飲み食いできることに歓喜したとある一角は、乾杯前からお酒を飲みだし既に酔いつぶれていたりもする。


「明日からセレスが居ないなんて……どうしよう、寂しい……」

「寂しくなるね……」


肉の皿を奥へとずらすサーシャに、同意するように頷いたトムが私のお皿に生野菜を山盛りにしている。数日前からずっと嘆いている二人に苦笑しながら、この砦とも今日でお別れなのかと食堂を見渡した。


いつも殺風景な食堂の壁やテーブルは彩り豊かなガーベラで飾られ、小さな花籠まで置かれている。どんどん運ばれてくる食事は食堂の定番メニューであり、各テーブルには街で買って持ち寄ったと言う肉料理が無数にあり、大変豪華な夕食だ。

大量にお酒が置かれているカウンターには御爺様とルジェ叔父様が並んで座り、二人を取り囲むように普段厳めしい各部隊の上官達、が笑い声を上げながら酒を飲み交わして談笑している。その中にはあのニック大佐の姿もあり思わず目を疑った。

その恐ろしい上官達の輪を遠巻きに、この数年で慣れ親しんだ人達は送別会という名目で今日は飲み明かすのだと楽しそうに騒いでいる。


「此処へ来て、良かった……」


口に出すつもりはなかったのに、どうやら感傷的になっていたらしい。

私の左右に座っているサーシャとトム、正面のダンには聞こえていたらしく、両肩と頭に同時に乗せられた手が慰めるかのように優しく叩く。


「折角感動する場面なのに、両手に肉を持ったまま言われてもなぁ……って、それ俺の肉!」


意地悪く笑いながら私の頭をくしゃくしゃにしたダンの皿から肉を奪い齧りつく。甘いタレのかかった厚切りの肉はとても美味しく、私が持つ骨付き肉を狙うダンの手を避けながら咀嚼する。


「ほんと、子供よね……」

「この幼稚な二人の遣り取りも見られなくなるのか……」


私とダンは呆れを含んだサーシャとトムの言葉に反応することなく、ニック大佐の怒鳴り声が食堂内に響くまで肉争奪戦を暫く繰り広げていた。




「で、どうだった?」

「……どうとは?」

「軍学校だよ。お貴族様の行く学園とは雰囲気違っただろ?」


ニック大佐の目を気にしながら仲良く肉を分けつつ、今朝の出来事を思い出しながら首を傾げる。そもそも学園を見学したことがないので何とも言えない。

取り敢えず、入学前日である今日は身体検査と軽い体力測定を行い、その結果を予め用意してきた書類と共に受付に提出し、最後に寮で入寮手続きとなった。

受付に立っていた壮年の女性のリアッタさんが寮母と呼ばれる寮を管理する人で、寮までの道を案内する傍ら色々と教えてくれた。


寮は男子棟と女子棟に分かれており、それぞれ学舎と訓練棟を挟んだ左右に建っていること。部屋は学校のほうで割り振るので変更はできず、身分関係なく全員二人一組の同室。

他にも細々とした規則が沢山あり、それを書面で確認し同意書に署名をしたあと部屋の番号が彫られた札と鍵を貰った。札のほうは用意した荷物に括りつけて翌日の朝寮の玄関ホールに積み上げておけば部屋に届けておいてくれるらしい。

少し気になったのは、リアッタさんが年々軍学校に入る若者が減ってきていると言っていたことだ。

けれど、受付に集まっていた生徒の人数はそれなりで、今年はシルやセヴェリといった貴族の子息達が数名入ってきている。

これで少ないと言うのであれば、全盛期はどれほどのものだったのだろうか?


「以上、不自由なく過ごせそうな雰囲気だった」

「何か報告書を読み上げられた気分なんだけど……?あれ、俺、何訊いたんだっけ?」


首を傾げ唸っているダンを放置し、二本目の骨付き肉に手を伸ばす。

コレのあとは隣にある炒め物と芋のサラダを食べる予定だし、デザートは街で人気のあるふわふわケーキだと耳にした。


「……」


視線を落とし、真っ平な身体を一瞥したあと手元の肉を見る。

明日から訓練時間が大幅に減るので、食事の量をしっかり管理しないと全体的に大変なことになるだろう。何せ、私の身体は胸に肉が付かず別のところに付くのだから……。


「何か真剣な顔してるけど、友達になれそうな子はいたの?軍学校は女の子が少ないから同性の友達って貴重なのよ?」

「同性の……」


期待に満ちた顔をするサーシャには悪いが、その同性の友達をつくることが一番の難関かもしれない。



シルとセヴェリが走り去ったあと、門まで駆けつけてくれた学校関係者に彼等の馬車を託し学舎まで続く並木道をゆっくり歩いていたとき、途中に小道を見つけ興味本位で奥へと進みガゼボを見つけた。

ガゼボは日差しを遮り休息する場所で、貴族の本邸の庭にはこれくらいの物が大抵一つは存在し、王都にある大きな公園や上級貴族の庭には野外音楽会が開けるほど規模の大きなガゼボが置かれている。

茶色い屋根のガゼボには柱と同色の四、五人は座れる真っ白なベンチが置かれ、その周辺にある花壇には柔らかい色の小花が咲いている。

まさか軍学校にあるとは思いもせず弾む足取りで近付き、まだ時間があるからとベンチに座り柱に背を預けた。

かなり奥まで来たからか、清閑なこの場所は一人でゆったりするのに最適だと微笑む。


「……あー、寝そう……」


目を瞑りながら、もう少しだけ……と微睡んでいると、足音と共に楽し気に話す声が聞こえうっすらと目を開けた。

段々と近づいて来る小柄な影は三つ。

軍学校の生徒だろうと微動だにせずジッと見つめていると、ガゼボの入り口に駆け込んできた少女と目が合った。

恐らく、話に夢中になっていて中に人が居ることに気づいていなかったのだろう。


「……久しぶりだね」


大きな目を更に見開き硬直している少女、服飾店で会ったエリーに先に声をかけた。

是非仲良くしたい同期の同性に良い印象を持ってもらえるよう、社交で培った渾身の笑みを披露する。お姉様達には概ね良好だったもの。


けれど、エリーが手ごわい相手だということをすっかり忘れていた。


「夢じゃ……ない……?」


好印象を与えるどころか一歩後退りされたことに若干傷つき、たどたどしく紡がれた言葉の内容に首を傾げていると、「夢……」と再度彼女が口にするので首を横に振ったのだが。


「現実……!?嘘、やった……!軍学校に入って、良かったっ……!」


声を震わせながら急に勢いよく空に向かって拳を振り上げたエリーに、彼女の後ろに立っていた少女達が唖然としている。

その気持ちは良く分かると少女達を見つめていると、一瞬視線が合い何故かパッと顔ごと背けられてしまった。

私は社交で一体何を学んでいたのだろうか……。



「改めまして、ロニア商家の娘のエリーです。本店は王都にあるんですけど、お父さんがトーラスを気に入っちゃって、この街に住んでいます」

「……リリンと言います。両親は中央広場にある茶店を経営しています」

「ルナです。私は鍛冶屋の娘です」


ガゼボの中で向かい合って座り自己紹介を受けている。

随分と毛色の違う少女達は幼馴染らしく、三人共小さな頃から軍学校へ入るのが夢だったと言う。


「エリーにはもう挨拶を済ませてあるのだけれど……」


もう一度と言う前に、エリーが物凄い勢いで首を縦に振るので言葉に詰まってしまった。

咳払いしながら性懲りもなく口角を上げ、微笑む。


「セレスティーア・ロティシュと申します。気軽にセレスと呼んでくれると嬉しい」


それと、もう一つ。

顔を赤くする少女達にしっかりとコレだけは伝えておかなければならない。


「よく間違われるが、私も女だ」


エリーは両手で顔を覆いながら足踏みし、リリンは絶句、ルナは何度も目を擦っていた。

その後の身体検査ではシャツを脱げば悲鳴と奇声が上がり、背丈を測っていれば二度見され、寮までの道すがら隣ではなく私の背後にピッタリとくっついて歩く彼女達を見てガックリと肩を落とした。




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