第42話 愉快な友
「銀髪に赤い瞳は有名だというのに、ロティシュ家の方だとは思いもしませんでした。申し遅れました、私はシルヴィオ・アドーテと申します」
「セヴェリーノ・アドーテと申します」
シルヴィオがお手本のようなお辞儀をして見せながら挨拶をすると、横に立つセヴェリーノも続けて同じように挨拶をした。微笑んでいる者と口元が引き攣っている者とで対照的すぎる。
一見した限りではつかみどころがない方がシルヴィオで、神経質そうな眼鏡がセヴェリーノ。やはり彼等の家名に聞き覚えはない。
「失礼ですが、アドーテとは?」
マナー講師がこの場にいたら一時間は説教をされそうだが、分からないことは聞いた方が早い。貴族特有の言い回しをしていたら日が暮れてしまう。
「ご存知なくて当たり前です。我が家はしがない男爵家ですから」
立派な馬車を背にした二人を見ながら、どの辺がしがないのだろう?と乾いた笑いが零れる。同じものを用意するのは伯爵家だって難しいというのに。
「私とセヴェリは従弟で、私達の祖父がスレイラン出身なので髪も目の色もこんなです。祖父は浪費癖があったこの国の男爵家に婿養子として受け入れてもらう代わりに、かなりの額を支払ったそうです。要は、お金で地位を買った成金ですね」
貴族は地位を重んじるが、先立つものがなければその地位を守ることはできない。
災害、浪費、戦争、領地の衰退と、どのような理由であろうと家が没落するのは一瞬で、シルヴィオの祖父のように貧しい貴族に近づき、平民が金で地位を買うことは特段珍しくはなく、上級貴族並みに資金を持っている成金と称される貴族が増えてきている。
だとしたら、潤沢な資産を持つ筈の彼等二人は何故王都の学園ではなく軍学校の門の前に立っているのか……。
下級貴族であるなら学園で交友関係を広げ、将来に備えて上位貴族と繋がりを持つ必要があるはずだ。
「……ロティシュ様は、軍学校に?」
シルヴィオも私と同じようなことを考えていたのか、先に彼から訊かれ頷く。
「今年からです。貴方達は軍人に?」
「まだ先のことは分かりませんが、一応目的があって此処にいます」
にこにこしているシルヴィオとは対照的に、セヴェリーノは目も合わさず黙ったまま。まるで主人と侍従だと思いながら「目的?」と聞き返す。
「昨年からかなり噂になっていたのですが、今年度から元王国騎士団長が軍学校で剣術の講師をするそうです。それを聞いて、我慢できずに駆けつけてしまいました」
「アイヴァン・ツェリ様を追いかけてきたのですか?」
「はい」
あの方の人気は年齢や性別など一切関係がないと聞いたが、まさか軍学校にまで追いかけてくる者がいたとは……。
「それと、実兄の手伝いができれば良いと思って。母親が違う他の兄弟達を排除……出し抜くためには力も必要ですから」
途中物騒なことを言っていたが、実の兄弟であっても後継者争いをするのだから異母兄弟なら尚更だろう。兄を助けたいという気持ちは素晴らしいことだと見つめていたら、シルヴィオは眉を下げ申し訳なさそうな顔をしながら「それで……」と口にした。
「てっきり私達と同じ下級貴族だと思いロティシュ様を呼び止めてしまって。すみませんでした……」
「シル……っ」
深く頭を下げたシルヴィオに驚き悲鳴のような声を上げたのは、ずっと様子を窺っていたセヴェリーノだった。シルヴィオが僅かに身動ぎし、それが合図か何かだったのかセヴェリーノは途中で口を閉じたが、アレはシルヴィオの行為を咎める為に発したものではないのだろうか……?
どうにも奇妙な二人組だ。
「学園であれば問題になっていたかもしれませんが、此処は身分を重要視しない軍学校です。これから同じ学友となるのですから、気軽に接していただいて構いません」
家や親元から離れ寮生活を送る上で学園や軍学校には少なからず規則が存在している。
学園と軍学校の規則を見比べると色々と違っているが、地位を利用した勝手な振る舞いは許されないという部分は共通している。
地位の低い者達を守る為の手段なのだろうが、学園の中に派閥があるという時点で察せられる。
だからこそ、軍学校に入る貴族は此処も学園と同じようなものであると勘違いし、上に立つ者達が居ない環境で傍若無人に振る舞う者が出てくるが、厳しい訓練や過酷な環境は当然ながら、実力が物を言う軍学校で家柄や血筋など何の優位性も持たず、数ヵ月もしないうちに鼻をへし折られ大人しくなるらしい。
私も伯爵家やロティシュ家という地位を振りかざすつもりはないし、できれば……学友という生涯の友がほしい。
「気軽に……?」
「えぇ」
シルヴィオは笑みを消し一瞬真顔になったあと、ゆるゆると口角を上げ。
「では、そうするよ」
……破顔した。
人形のような作り笑いではなく年相応に見える笑顔は彼の胡散臭さをなくす。
「君がいい人で良かった。此処に知り合いはいないし、この街も初めてだから少し不安だったんだ。あ、私のことはシルでいいよ。こっちはセヴェリで」
急な変化に驚いている間に、グッと物理的に距離を詰めてきたシルヴィオに身体をのけぞらせながら視線を移す。
セヴェリーノはシルヴィオを横目にぎゅっと眉間に皺を寄せながら溜息を吐き出し、小さな声で「セヴェリでいいです」と了承した。かなり不服そうだが、やはりこの二人は主従関係なのだろうか?
「では、私のことはセレスと呼んでください」
「セレスのその話しかたは癖か何か?距離を置かれているようで悲しいな」
「いえ……」
「此処だけの話、セヴェリなんて口が悪くて大変なんだから」
「私は口が悪いのではなく、言葉がキツイだけです」
「だって」
ここ数年で粗野になったと侍女から嘆かれることが多く、貴族社会では致命傷なので自分でもマズイとは思っている。
だからこそ、色々と誤魔化す為に自然と口調が硬くなってしまうのだが……。
ダン達のときと同じような接しかたをしたら彼等は不快感を持つかもしれない。取り敢えず様子を見ながら徐々に慣らしていこうと「分かった」と頷いた。
「この街には、今朝到着したばかりなんだ。本当は二日前には到着する予定だったんだけど予想より遠くて……このまま門の中に馬車で入るわけにはいかないよね?」
「駄目だと思うが……」
「そうだよね。馬車だけ帰すにしても、まだ宿も取っていなくて」
「そもそも荷物を積んであるので、護衛も付けずに手続きを終えるまで此処に置いておくこともできません。なので、一日早く入寮させてもらえないか交渉するつもりだったのですが、シルだけ此処に残すわけにはいかず……」
「あぁ、それで私に声をかけたのか」
「他の者達とは目も合わないし、話しかける隙すらなかったよ」
私の前にも何人かに声をかけようとしたと話ながらしゅんとするシルに苦笑する。
明らかに貴族と分かる二人組に関わりたいと思う平民はいない。私ですらそのまま素通りしようとしたくらいだ。
「不親切な者達です」
「……セヴェリが睨むからだよ」
「睨んでいません」
仲が良いな……と二人の掛け合いを耳にしながらサッと周囲を見回し、門付近に生徒らしき者が誰も居ないことに気づき慌てて時計で時間を確認する。
「ところで、時間はまだ間に合うのか?」
「時間?」
事前に書類と一緒に今日の日付と時間が書かれた紙を貰っている筈なのだが。
「受付時間のことだ」
「そういうことは全てセヴェリ任せてあるから」
こっちは駄目だとセヴェルを見つめると、何故か失笑され「待ちなさい」とぞんざいに手をひらひらと振られてしまった。
真面目で几帳面そうに見えるセヴェリなら問題がなさそうに感じてしまうのは眼鏡という携帯品の所為か……。
けれど、人は見た目で判断してはいけないということを、この直ぐあとに知ることとなる。
「既に数十分過ぎています」
セヴェリは綺麗に折り畳まれた紙を胸元から取り出し、ゆっくりと広げ一瞥したあと、こともなげにそう口にした……。
一見しっかりしてそうでそうでもない者を軍人の間ではうっかりさんと呼ぶのだと、以前ダンが教えてくれたことがある。
「おい、眼鏡。馬車は見ておいてやるから早く受付を済ませて学校関係者に言付けをしてこい!」
「眼鏡……」
「シル。そこのうっかりさんを連れて全力で走れ!死にそうな面で事情を説明すれば多少は配慮してもらえるはずだ」
「わ、分かった」
「うっかりさん……?」
初日から遅刻なんて心象が悪すぎる。
これがランシーン砦なら丸一日扱かれた挙句、反省文まで書かされるところだ。
早くしろと目で急かすとシルはセヴェリの腕を掴んで走り出そうとしたのだが、何故かセヴェリは足を止めたまま「セレスはどうするんだ?」と首を傾げる。
「……私?」
「荷物も大事だが、君も走らないと遅刻だろう?」
「いや、私は午後からだが……」
「午後……?」
どうにも話が噛み合っておらず困惑している中、シルがセヴェリの耳元に口を近づけ何かを囁いた。
――直後。
「……っ!?」
「はい、急ぐよ」
「んんっ、ん!?」
「またあとでね、セレス」
目に見えて分かるほどぷるぷると震え、これでもかと目を見開いたセヴェリが何か発しようとした瞬間、シルが片手で口元を覆いそのまま引っ張って行ってしまった。
凄い形相でまだ何かもごもご言いながら私を指差しているのだが、セヴェリに一体何が起きたのか……。
「……随分と愉快な友ができそうだ」
これからの軍学校生活に心躍らせながら、建物へ向かって走っていく二人を見送った。
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