第41話 奇妙な二人


幼い頃から格上である公爵や侯爵家は勿論、伯爵家辺りまでなら家紋と一緒にその家の子息や子女の名前を覚え、社交の場で実際に顔を合わせて挨拶し名前と顔を一致させる。

元々学園に入る予定だったので、そこでの生活のことを考え年齢が近しい者達は特に念入りに調べていたので見落としはない。


だからこそ、見覚えのない彼等は下級貴族だと思うのだが……。


青みがかった黒髪と灰色の瞳。この二つの色彩を身に持つ者はこの国では珍しく、西のスレイラン特有の色だと習った覚えがある。

私を呼び止めた二人は正しくその色彩で、恐らく両親又はそのどちらか片方がスレイラン出身の者なのだろう。

西と東の二国とは鉱山の権利を巡って水面下で争ってはいるが、表立って敵対しているわけではない。その為入国制限もなく、交易も盛んに行われ、ある程度自由に各国への往来が許されている。

他国との交易を主な収入源としている貴族や商家は、利得重視で交易先の国の者との婚姻を強く望む者が多く、産まれてくる子供の容姿は一方の国だけの特徴を色濃く受け継いでいることもある。そういった者達は下級貴族や新興貴族が多く、上級貴族からは敬遠されるので社交界では肩身が狭いと聞く。


この地味というよりはどこか神秘的な色合いで、人目を引くほど顔立ちが整っている彼等を今迄一度も見かけたことはなく、噂好きな令嬢達の話題にすら上がったことがない。


馬車に視線を走らせ、家紋が彫られていないのを確認し思案する。

貸し馬車かとも思えるが、それにしては御者が身綺麗すぎる。馬も最上級の品種なのか、一般的な貸し馬車の馬とは体格や脚の太さがまるで違う。


下級貴族でないのなら新興貴族か有名な商家、またはトーラスの貴族という線もあるのだが……。


「用がなければ話しかけません」


返答を待ちながら様々な可能性を推測していると、二人のうち眼鏡をかけている方がどこか呆れたようにそう口にした。


「その身形はアレですが、貴方も貴族ですよね?もし違ったのであれば用はないので行って構いませんよ」


どうやら私の顔を知っていて声をかけたわけではないらしい。

だとしたら、相手が貴族だと見当をつけておいて、高圧的な態度を取るこの神経質そうな眼鏡は少々迂闊なのではないだろうか?

軍学校に入る貴族は大抵が資金に困っている下級貴族の次男か三男だが、もしかしたら私のようにどうにもならない事情で此処へ来る、上級貴族の子息や子女だっているかもしれない。


「セヴェリ、失礼だよ」


呼び止めておいて黙っていたもう一人の言葉は眼鏡を咎めているかのように聞こえるが、彼等の態度を見れば悪いと思っていないのは明らかだ。

平民であれば眼鏡に言われた通りこの場から走って逃げ出しただろうし、下級貴族であれば先ずは低姿勢で伺いを立てるのだろうが、私はそのどちらにも当てはまらない。


さて、次は何だ?と半眼で彼等を眺めていれば、眼鏡じゃない方がどこか困惑しながら口を開いた。


「えっと……何て呼べば良いかな?」


互いに身分が分からないときに使う取っ掛かりとして、呼び方を尋ねるのは常套句だろう。

こんな所に居るとは思えないが、自国や他国の王族、公爵や侯爵家であれば先に相手に名を名乗らせるから分かりやすい。伯爵家だとしても、有名どころなら誰でも家名を知っているのでそこからどうとでも接し方を変えることができる。


「セレスティーア・ロティシュと申します」


あとから面倒な事になる方が嫌だったのでこの場で先に名を名乗っておく。

此処は社交の場ではないのである程度のマナーは無視できるし、この恰好なのだから今更取り繕っても仕方がない。


「……ロティシュ」


ロティシュと聞いて即座に思い浮かぶのはフィルデ・ロティシュで、現当主のお父様や私は御爺様の添え物程度の認識でしかないのが大半だ。

私を見ながらボソッと呟いた眼鏡に頷けば、彼は一瞬険しい表情を浮かべたあと隣に立っているもう一人を窺い見る。その眼鏡の振る舞いに疑問を覚えつつもう一人に視線を移すと、何かを確認するように私を見てからにっこりと笑みを浮かべた。




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