第40話 前日


「ふっ、ふんふーんっと!」


鼻歌交じりに最上階まで階段を駆け上がり、ものの数分で目的の部屋の前に辿り着くと、ダンは勢い良く腕を振り上げた。



ドン、ドン、ドン、ドン……!



「セーレースー!おーい、セレスー!」


最上階にあるセレスティーアの部屋の扉を何度も叩きながら声をかける。

この時間帯は元帥もルジェ大佐も部屋に居らず、貴族専用の客室にはセレスティーア以外宿泊していないので無人。遠慮なく扉を叩き大声が出せる。


「セレスー!いないのか?おーい!」


普段なら直ぐに扉が開き、冷たい眼差しでお出迎えしてくれるというのに返事も反応もない。この時間なら部屋に居る筈なのにとダンは首を傾げ、もしや早めの昼食か!?と方向転換し、一階にある食堂へ駆け下りた。


「……んー、居ないな」


まだ混雑していない食堂内をぐるっと見渡すもセレスティーアの姿が見当たらない。

このまま諦めるわけにはいかない。さて、どうする?と唸っていたとき、視界の隅にセレスティーアの教官の姿が映った。


「あ、リック!リーック!」

「……叫ばなくても聞こえている」


ほんの数歩先に立っていたリックが嫌そうな顔を顰めるも、ダンはお構いなしにヘラッと笑いながらテーブルをひょいっと飛び越えた。


「セレスが居ないんだけど、何か知らない?」

「今日は軍学校に行く日だろ。忘れたのか?」

「いやいや、男は制服の採寸とかあるから午前中に集合だけど、女は午後からでしょ?入学式も明日だし……」

「軍学校の雰囲気が見たいから早めに行くと聞いているが……お前は、知らなかったのか」


床にしゃがみ込み項垂れたダンを見下ろしながらリックは溜め息を吐いた。


「夕方には帰って来る」

「セレスは明日から寮暮らしになるから、その前に皆で送別会をしようと思ってたんだよ……。今日から肉解禁だしさー、昼飯兼送別会で街に肉食いに行く予定だったんだよ」

「それなら帰って来てからでも……っと、セレスはまだ成人前だったな」

「そそ、危なくて日が落ちたあとに街に連れて行けないしなー。あー、どうしよう。トムとサーシャにどやされる……」

「だったら此処でやればいいだろ?どうせ元帥やルジェ大佐はそのつもりだろう」

「なんか特別感がないけどこの際それもアリか……肉の持ち帰りできたかな?いや、どうせなら奮発するか?」

「……特別感」


ブツブツと呟き始めたダンを放置し、リックも持ち帰りできそうな肉料理を思い浮かべながらそそくさと食堂を後にした。






門を抜けてトーラスの街へ入ると、真っ先に目に入るのがランシーン砦。そのまま真っ直ぐ中央広場まで歩くと、右端に砦の縮小版のような建物が見えてくる。

そこが将来国軍に入る者達を育てる軍学校だ。

中央広場から路地に入ると広場とは雰囲気がガラリと変わり、本屋、雑貨、軽食を販売している店など、学生達が必要とする物や好む物を売る店が建ち並んでいる。

用がなかったのでこの辺に足を踏み入れたことがない。

時折見かける可愛らしい小物や甘いお菓子は、軍学校に通う子女の為に取り揃えているのだろうか?

大通りにある店とは違った商品に目を引かれ、ガラス越しから店の中を覗きゆっくりと歩いていると、生徒らしき少年達が軍学校へ向かって走って行く姿を何度も目にした。

腕に付けた時計を確認すると、まだ時間に余裕がある私とは違い、午前中に身体検査がある少年達は時間ギリギリだろう。

時折背後から「おい……!」と切羽詰まった声をかけられるが、振り返って目が合うと「……ひぇ!?」と奇声を発しそのまま逃げるように走って行ってしまう。


身長はかなり高めだが、髪は長いし、顔も……ルドみたいにキリッとしているわけではない。

胸元は少々心許ないが、まだこれからだろう。店のガラスに映る自身の姿をマジマジと眺め、どこからどうみても女だと頷く。

この背丈なら遠目から見たら男に見えなくもないので、恐らく同性だと思い遅刻しないよう声をかけてくれたのだろうが……近づいて顔を見れば女性だと分かるものだ……多分。

制服の採寸で訪れた服飾店での出来事を思い出し、顔を左右に振る。

大丈夫。間違いに気付き恥ずかしくて逃げたのだと、勝手にそう結論付けた。


路地を抜けると、軍学校の名物である鉄門が現れる。

簡素だが品があり、それでいてとても頑丈で、外部の侵入を阻む為ではなく逃げ出す生徒を阻む為のものだと、ルジェ叔父様が笑いながら教えてくれた。


どれほどのものなのだろうと密かに楽しみにしていたのに……。


その鉄門の前には馬車が止まっており、鉄門の全体像が見えないばかりか、門の中に入ろうとしている者達の邪魔になっている。

生徒が行き来する場所なだけに門周辺はとても広く、馬車を数台止めて置ける空間くらいある。態々門の目の前に止める必要はないはずだ。


「……貴族か?」


維持費がかかる馬車を個人で所有しているのは上級貴族か裕福な商家が大半で、下級貴族や平民は貸し馬車か乗合馬車を利用している。

戦場に近く、他の街から離れた場所にあるトーラスへ訪れる者は稀な為、普段は乗合馬車ではなく荷馬車や郵便馬車に頼んで乗せてもらうらしい。今の時期だけは軍学校へ入る者の為に、領主であるお父様が特別に一番近い街から乗合馬車を提供しているとは言っていたが……。


目先にある馬車はその乗合馬車ではなく、どう見ても個人で所有している馬車だ。

しかも、その馬車の側に立っている二人の恰好は貴族そのもので、シャツとズボンに薄手の上着という質素な恰好の者達の中で酷く浮いている。

下級貴族の三男あたりなら一人くらい居るだろうと思っていたが、どうやら彼等はそれ以上の身分らしい。

珍しいこともあるものだと都合よく自身のことを棚上げし、馬車を避けて門の中へ入ろうとしたときだった。


「ねぇ、そこの君……!」


真横から少し高い声で叫ばれ、咄嗟に耳を押さえ、位置的に声の主は例の貴族達だと思いながら足を速めた……のだが。


「待って……!そこの銀髪の、長い髪のっ……!」


軽く周囲を窺うも、多少長い髪はいるが銀髪は私しか居らず、仕方なく足を止め振り返った。

貴族なら社交シーズン中に一度は何処かで顔を合わせるか、挨拶をしたことがあるかもしれない。私的には初対面だが、ロティシュ家は有名な為一方的に顔を知られていることもある。

本来なら軽くドレスの裾を掴み微笑みながら首を横に倒して挨拶するのだが、私も他の者達と同じく質素な恰好なのでそれはできない。

上着の裾を掴めば多少はそれらしく見えるか……と考え、ダンのふざけた思考に染まってきていると背筋が震え、腕を摩る。


「……なにか?」


呼び止めたくせにいつまでも口を開かない二人に痺れを切らし、何故か私から用件を聞く羽目になっていた。






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