第39話 消去された選択肢
ルドウィーク・オルセマは、常に冷静沈着、無駄なく的確に物事を進め、努力を怠らず、殊の外弟妹を大切にしていると、周囲の者達から評価されているラッセル王国の王太子だ。
正にその通りなのだが、側近候補や婚約者の選定から逃れる為に毎年辺境の地に逃げていることは誰も知らない。密かな息抜きであり、絶好の鍛錬場。
国王である父親でさえ数年に一度は砦に逃げ込むと聞き、静かに頷いたくらいだ。
ルドウィークはランシーン砦から早々に王都へ戻り、王太子教育と同時進行で学園への入学準備を進めてきた。
王族や公爵、侯爵家であろうと、例外を認めず学園を卒業するまで寮で暮らす。
ただ、貴族と平民の衝突を避け寮の中はある程度階で区切られており、最上階から順に王族、上級貴族が護衛の都合上個室の部屋を与えられている。
個室のある階から下は二人一組で使用する部屋となっており、下級貴族や平民が同じ部屋で生活している。
寮でかかる費用は学園を運用している国が持つことになっているので、室料、食費、光熱費といったものが全て無料となるが、個室を使用する上級貴族達は別だ。
特別待遇だと下級貴族や平民から不満がでないよう、個室と護衛の部屋の室料、内装を変える場合はその内装費等を支払わなくてはならない。
ルドウィークは同室というものに憧れがあるが、自身の立場を考えればそんな我儘は言えない。内装も拘りはないので侍従に任せてある。
制服も受講コースの教材も既に揃っており、騎士科で使用する剣はトーラスで作らせた逸品。護衛にはランシーン砦のときと同様にアルトリードが就く。
学園に入学するまで残り数日となり、残すは、一番憂鬱な側近候補選びのみとなった。
ここ数日間は公爵や侯爵家の子息達と面会を行っている。
皆、王家が打診した側近候補だけにそつがなく、成熟している者が多く、何を基準に選べば良いのか分からない。
それだけ誰もかれも同じような人物だと言えるのだが……。
「残りはあと三人か。今日これから面会するのは、フロイド・アームル……?どこかで聞いたような」
用意されている書類を眺めながら首を傾げていると、背後に立っていたアルトリードが書類を覗き込み頷いた。
「彼はアームル侯爵家の次男ですね。確か、セレスティーア嬢の婚約者だと記憶していますが……」
「セレスの婚約者か!よく覚えていたな……」
「ルドウィーク様の側近候補はある程度調査をしていますので」
「そうか、彼がセレスの……」
書類に付属されていた絵姿をジッと眺めながら、「想像と違うな……」と思っていたことが口から零れていた。
「フロイド・アームルはどちらかといえば可愛らしい容姿ですから、フィルデ様のような方を想像していたとしたら、その感想になるかと」
「いや、見た目で判断してはいけないのだろう……」
フロイドは本当に男かと疑いたくなるほど可愛らしく、ルドウィークとは完全に真逆の容姿だ。
砦でのセレスティーアを思い描き、その隣にフロイドを置いてみたが凄く違和感を覚える。
「……彼は、毎朝二時間走れるのだろうか?基礎体力すらなさそうだが……水をかけられたら泣いてしまわないだろうか?」
セレスティーアは容赦がない。泣き言など言おうものならあの綺麗な顔から表情が消え、道端に落ちているゴミを見るような目で見られることになる……。
「……それは分かりませんが、当主や当主補佐は後方支援を行い戦場へは出ませんから、それなりで良いのかと」
「だが、砦が落とされれば次はロティシュ家の領地だぞ?」
「あの砦が落とされたら、それこそ為す術がないかと……」
それもそうかと頷き、侍従に促され謁見室へと移動する。
廊下を歩きながら窓の外へ目を向けると、積もっていた雪はいつの間にか溶け、庭園には色とりどりの花が咲いていた。
楽しい日々は過ぎるのが早く、これからの日常は代り映えのしない酷く退屈なものとなる。
「いっそ、セレスが側近であったなら……愉快な毎日が送れたのだろうな」
セレスティーアが王都の学園に入っても、王太子の側近にすることはできない。
女性の当主が認められ、中枢で官僚として働いている女性も多くいる。
が、国王の周囲を固めている精鋭達に女性は一人もいない。
婚姻すれば派閥が変わり、妊娠中は中枢を離れてしまう。婚姻適齢期を過ぎれば何か問題があるのではと勘繰られ、生涯独身を貫くことも難しい。
だからこそ、ただの独り言であり、戯言でもあった。
「でしたら、婚約者の方が良いのでは?」
背後を歩くアルトリードが事もなげにそう口にし、普通は聞こえない振りをするものだろうとルドウィークは眉を顰めた。
「あのロティシュ家の跡継ぎだぞ?」
「ロティシュ家の現当主の弟ルジェ・ロティシュには息子が二人います。家はそのどちらかに継がせれば問題ないのでは?」
「……問題だらけだろう。そもそもセレスは家を継ぐ為にあれほどの努力をしているのだぞ?」
「いつ戦争が起こるか分かりませんからね。王妃になるお方も剣を扱える必要があります」
「母上は剣など持ったこともないが?」
「ロティシュ家なら国王陛下がお喜びになるかと」
「父上の為に婚姻する気はない」
「では」
もう黙れという意味を込め右手を上げ、アルトリードの言葉を遮った。
この場だけでの冗談だとしても、下手な相手に聞かれでもしたら面倒なことになる。色々理由をこじつけたところで、セレスティーアを婚約者にする気がないのだからこの話は止めるべきだろう。
――それに。
「兄上!」
「早かったな」
「僕も今来たところです」
丁度反対側から歩いて来ていたレナートがルドウィークを先に見つけ、身内にだけ見せる可愛らしい笑みを浮かべながらルドウィークに駆け寄ってきた。
去年レナートは王城内で毒を盛られた所為で周囲全てを疑い精神的に疲弊していたが、ランシーン砦という王都から遠く離れた場所で過ごすことで随分と本来の明るさを取り戻し始めた。
「父上の方はもういいのか?」
「はい」
ルドウィークがウンザリしながら側近候補との面会をこなしている間、レナートは国王に謁見を求め何やら説得と交渉を重ねていた。
前以て王都へ戻る馬車の中で聞いていたので内容は知っている。
ルドウィークとは違い第二王子だからこそ、それが許されるということも分かっていた。
「側近はどうなる?」
謁見室のソファーにレナートと並んで座り、交渉の結果を確認する。
「軍学校の方ではなく、側近が気になるのですか?」
「父上はフィルデ・ロティシュと国軍を大切にしている。息子の一人が軍学校へ入ることは喜ばしいと思うだろう」
「父上を喜ばせる為に入学するわけではありません」
先程廊下でルドウィークが発した言葉と似ていたからか、アルトリードから微かに笑声が聞こえ肩を竦めた。
「僕の側近候補は騎士団に所属している貴族の子息から選ぶ予定です」
「……長男ではなく次男か三男か」
「今のところ一番身分が高い者は伯爵家の次男です。他は男爵家の者達ですが、一人家の跡を継ぐ予定の長男も候補に入っています」
「騎士にならず軍人にでもなるつもりなのか?」
「王都の学園に入る肩身の狭い思いをするくらいなら、元国軍元帥が住む地にある軍学校へ入りたいと言う者達は一定数います。それに、今年から元騎士団長であるアイヴァン・ツエリ前伯爵が軍学校で講師を務めますから」
「……羨ましくて泣けてくるな」
ハッキリ言えばルドウィークも学園ではなく軍学校に入りたいくらいだ。
訓練は厳しいが充実した毎日、男なら誰しもが一度は憧れる二人の側で剣術を学び、王太子の顔色を窺い耳触りのよい言葉を口にするような者達はいない。逆に関わりたくないと遠巻きにされるかもしれない。
想像すればするほど楽しそうで、羨ましさが募っていく。
「ところで、後学の為に面会に同席したいと言っていたが……態々日付を指定する必要はあったのか?」
今日のこの時間を指定してきた理由にルドウィークは先程気付き、意地の悪い顔をしながらレナートに問いかけた。
「……フロイド・アームルだったからです」
誤魔化そうとして一瞬間が開いたが、ルドウィークを見上げ無駄だと観念したのか、レナートは頬を膨らませながらあっさり答えた。
「調べたな?」
「はい。先ず敵を知らなければ勝つことができませんから」
当然だと頷くレナートに苦笑しながら、フロイドも災難だなと首を左右に振る。
「敵か……相手は既に婚約しているが?」
「仮婚約です」
アルトリードが提案したようにセレスティーアを王太子の婚約者にすることはない。
なにしろ、大切な弟の初恋相手なのだから。
「ルドウィーク様、そろそろ」
「分かった。今から私の側近候補が入って来る。予め質問内容は決まっているが、都度何かあれば訊くことも可能だ。謁見時間が余っていれば、レナートがフロイドに話しかけることを許可する」
「それまでは黙って座っています」
謁見の準備が整い、姿勢を正す。
ルドウィークは柄にもなく緊張していることに驚きながら深く息を吐き出した。
セレスティーアに淡い恋心を抱いていたとしても、自身の欲の為に彼女から夢を取り上げ窮屈な王城に閉じ込めたくはない。
「選ぶのはセレスだ。泣かせるようであれば、弟であっても容赦はしない」
「わかっています」
彼女は唯一無二の親友、それで良い。
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