第31話 一時の別れ


「そろそろこの食事ともお別れだな……」



分厚い肉にフォークを刺しながら呟いたダンを一瞥し、隣で頷いているサーシャの皿に自分の皿から肉を分け与えた。


「ゴロゴロしたお肉も野菜も果物も見納めなんて……冬が憎い。それを思い出させたダンなんて雪に埋もれてしまえばいいのよ」

「不吉なこと言うなよ!もうすぐ遠征だぞ!?セレス、俺にも一切れちょうだい」

「断る」


肉を強奪しようと伸ばされた手を払いのけ、黙々と食べ進めているトムを指差しておく。奪うならそこが確実だ。


「うわ、ちょっと、それ最後の一切れ!」

「んんっ、ん、んんん」

「口から出せ!」

「……口から出されても食べられないじゃない」

「そうだけど、腹が立つだろ!」


楽しそうにじゃれている三人を眺めながらパンをスープに浸し齧る。

ぼそぼそとした固いパン、生野菜、塩と胡椒というシンプルな味付けのされた肉の塊。これらは砦で見慣れた夕食だ。


肉料理が中心という点は伯爵家でも砦でも変わらないが、何種類ものソースが用意されている貴族のものと、塩と胡椒だけの砦のものを肉料理と一括りにしてはいけない。

野菜に至っては、生野菜など食べたことがなかったので恐る恐る口に運んでいた。

パンは柔らかくほのかに甘いものだと思っていたが、砦で出てくるパンはぼそぼそとして固く食べにくいので、スープに浸して柔らかくするか、飲み物で流し込まなくてはいつまでも口の中に残り続ける。


食事も訓練のうちだと思い必死になって食べていたからか、慣れるのにそう時間はかからなかった。

けれど、これが平民の一般的な食事だと知ったときは愕然としたものだ。


「明日にでも冬ごもりの準備をするって言ってたよな?」

「訓練がないのは嬉しいし、豚をさばくのもいいのよ。でも、加工するときの匂いが駄目なのよね」

「ソーセージ美味いじゃん」

「ダンは一生ソーセージだけを食べていればいいんだよ。いや、俺がソーセージしか食べさせないから」

「え……」

「トムはやるって言ったらやるよ?」


食べ物の恨みは怖いと、ダンはいい加減学べば良いのに。


「セレスは豚をさばく方にまわるのよね?」

「さばいたあとはパンチェッタの班に加わる」

「あれはあれで美味しいよな」


本格的に冬がくる前に、豚をさばき塩漬け肉やソーセージなどの保存食を作らなくてはならない。勿論新鮮な野菜も手に入らなくなるので、今ある野菜は苦味とお酢の酸味が強いピクルスといったものに加工しておく必要がある。


この時期は軍人であろうが、街の住民であろうがそんなもの一切関係なく、皆が一丸となって冬ごもりの準備に取り掛かる。


極寒の地で冬の厳しさを体験し、貴族では当たり前だったことがそうではなかったのだと知り、裕福な生活の有難みを感じると御爺様の前で言ったら、大笑いしながら「成長したな」と頭を撫でてくれた。


「で、何故レナートが食堂にいるんだ?」


私の左隣に座り、無言で夕食を掻き込むレナート。

若干涙目なのは量が多いのか、それとも噛んでも無くならない肉の所為だろうか。


「元帥から許可が出たんだよな。ほら、野菜も食べろ」

「……ん」

「街から戻ってきたあと、元帥と二人で何か話していたみたいだけど。ふかし芋もあげるよ」

「……んん」

「果物もあげるね」

「コレ、サーシャから」

「……」


サーシャに押し付けられた果物をレナートのトレーの上に置くと、レナートは動かしていた手を止めてしまった……。


「レナート?」

「……ん」


私のパンを半分にちぎり、フォークを持っていない方のレナートの手を掴み、頑張れと純粋に応援する気持ちでそっと半分にしたパンを乗せてあげたのだが、絶望的な顔をしたレナートに見上げられトムによって増やされたふかし芋を引き取ってしまった……。



翌日、訓練以上に気合を入れた軍人達が建物の外に集まり豚加工に勤しんでいるとき、その中にレナートが混ざり動き回っている姿を見て自身の目を疑った。

もしや……と周囲を見渡すと、ルドとアルトリード様は建物から顔を出し興味津々で軍人達を見守っている。そちらに足を向け、コンコン……と窓枠を叩いた。


「凄いな。豚の解体なんて初めて見る」

「初めてですか?」

「あぁ。砦に人の出入りがあるときは客室から出ないよう言われていたからな」

「……では、アレとソレはどういうことでしょうか?」

「レナートは元帥から許可を得ているし、私の場合は建物から出ないこと、アルトリードから離れないこと、これらを条件に見学を許されている」

「弟だけずるいと駄々をこねたんですよ」

「アルトリード……」

「昨夜からレナートをよく見かけるのですが」

「そうだな」


何とも言えない微妙な顔で肩を竦めたルドは説明する気がないのだろう。

だったら聞くだけ無駄だと、別の話題に変えた。


「王都へはいつ?」


実はコレが一番知りたいことだったのだが。


「三日後だ。雪が降る前に此処を出なくては色々と間に合わないからな」

「そうですか」

「此処へ来るのは今年で最後だ。次に顔を合わせるのは、デビュタントのときになるだろう」

「……ドレスが似合っていなくても笑わないでくださいね」

「まだ昨日のことを怒っていたのか……」


当然だとは口にせず、微笑みながら無言で抗議する。

服飾店から出たあとも暫く笑っていた癖に何を言っているのか。


「あれは確かに私が悪かった。許してくれ、私達は親友だろう?……何故、そんな驚いた顔をしている」

「え、いえ、その」


驚いた……だって、親友なんて、衝撃的な言葉だったのだから。


『王族からも睨まれちゃったからお父様はお姉様を修道院に行かせるわ』


学園には通わず、婚約者とは少し距離を置き、王族とは関わらないと、そう思いランシーン砦に逃げてきたのに、実際には此処でルドやレナートに出会い年に数カ月だけ交流するようになっていた。


「嫌われてはいないと、そう思っていましたが……親友なんて」

「嫌なのか?」

「いえ……親友……そうか、親友なのか、な?」


ふよふよと口元が緩み、頬が熱い。


「嬉しいです」

「……爪を出して威嚇していた猫が懐いた気分だ」

「また怒らせてしまいますよ?」


此処へ来たのは無駄ではなかった。

冷めない頬を隠すようにルドに背を向け、パタパタと手で顔を仰ぎながら豚を加工している輪の中に戻った。



気温が低くなり空気も乾燥し、もう暫くすれば本格的に雪が降るだろう。


「では、また会おう」

「はい。お元気で」


王都へ戻るルドとレナートを見送る為、今日だけはと早朝訓練を休んだ。

握った拳を軽くぶつけ合う別れの挨拶は毎年恒例のものだ。

これが最後だと思うと感傷的にもなるが、本来であれば気軽に接することなどできない人だ。


「レナートも元気で」


羨ましそうに見ていたので拳を差し出すと、花が咲いたかのように満面の笑みを浮かべたレナートが恐る恐る拳を当ててきた。


「僕はまた来年来るから」

「来年は、ルドも私も居ませんが」

「それでも……あ、もう行かないと」


護衛に促され、馬車に乗り込む寸前に振り返ったレナートの、「もう一度」と拳を差し出してくる姿が可愛らしくて思わず微笑んでしまう。


「セレス」


扉が閉まる直前に発された言葉に耳を澄ますが。


「暫く会えないけれど、再来年にはまた会えるから」


……ん?


「再来年……?」


門から出ていく馬車を眺めながら、首を傾げた。








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